サボテンの華

  • Lobivia haematantha V. kuehrichii
    サボテンの花の写真集です。 異空間の魅力を覗いてみました。 どうぞ。

サボテンと生き物

  • バッタの孵化
    サボテンや多肉植物に集まってきた昆虫などの写真です。 小さなフレームですが、色々な生き物と遭遇しました。

伊豆半島ジオ検定3級問題で遊ぶ

昨日は蒸し暑い中、ボランティアガイドの仕事。カップラーメンを食べるのも慌ただしかった。

1907_20190722191101

一転、今日は、お休み。ギムノの海王丸の花、伊豆半島ジオ検定3級の問題を眺めながらノンビリ。

3級といっても、大変マニアック過ぎて、一つ一つ調べなければなりません。 一方、地元の事は瞬時に回答できるので、じっくり勉強です。

例えば、こんな問題:井上靖の「しろばんば」中、”言葉で表せない美味しさ”と表した「黄色いゼリー」に使われている柑橘類はどれ・・・①甘夏、②たちばな、③日向夏、④温州ミカン。

検索すると・・・つい一月前、おいしいな~と食べていた柑橘であった。

受験勉強、試験はストレスになるけど、他の事と関連づけると、知ることは楽しいという感じ。

50問あるので、すぐには終わりません。急ぐことなし、ポツポツと。

蛇足:最近知った「しろばんば」のアクセント。「湯ヶ島」、「あすなろ」と同様、最初にアクセントをつけるんですね~

☁ご訪問、ありがとうございました😃

にほんブログ村 花・園芸ブログ サボテンへ
にほんブログ村

 

原分古墳と西一号墳の共通性

マニアックな地元ネタの古墳について。といっても世界遺産に登録間近な百舌鳥・古市古墳群ではなく、”原分古墳”・伊豆半島世界ユネスコジオパークの一ジオポイントについて。

古墳がジオパーク?   ・・・石棺が沼津市江之浦産の白色凝灰岩(伊豆石、海底火山時代の火山噴出物)で造られ、当時の地域交流が判ること、石室の天井石や閉塞石など全て(富士山からの)地元玄武岩を活用していたことがあげられると思います。

1906cocolog_20190628191701

古墳脇の説明版・採石場跡には、静岡市の賎機山古墳などの石棺も伊豆石が使われていたと。

駿河湾を横断したり、狩野川を遡上して運ぶ、あるいは総重量20トンほどの玄武岩を(人力で)運ぶ・・・当時では大変な労力! 被葬者の権勢が推測されます。

ところで

肝心の原分古墳の石棺は一部しか残存せず、代わりに下土狩西一号墳の刳抜式石棺が古墳脇に設置されています。

ただ、廃滅した下土狩西一号墳についての詳細な説明はありませんので、資料1の内容を表にまとめてみました。

Photo_20190629070501

築造時期、墳丘規模、石室、石棺、釘付木棺、副葬品等の類似点により、被葬者の経済力、職掌や地域社会の役割等に共通点が見られるとのことでした。     

原分古墳の被葬者は、金銅装馬具、装飾太刀などからは畿内中枢部とかかわり、鉄製馬具、二円孔鍔付太刀、金銅製飾り弓の面では東日本ともかかわりのある人物ということのようです。

その副葬品、原分古墳は静岡県埋蔵文化財センター、西一号墳は長泉町文化財展示館で見ること可能。

最後は、原分古墳の墳丘上から富士山方面の写真。移設前の古墳位置は、線路下を通すバイパス道路の工事が進行中です。

1906_20190628191701

資料1:静岡県埋蔵文化財調査研究所調査報告 第184集、”原分古墳” 調査報告編

これから、小学生ジオ講座のお手伝いに出かけます。

☁ご訪問、ありがとうございました😃

にほんブログ村 花・園芸ブログ サボテンへ
にほんブログ村

 

バザー完売し、”カクタスハンドブック“届いた

今日は快晴、サクラも満開。リバーサイドマーケットでの出血サービス・サボテンや多肉植物は完売しました😃

ホロンベンセ大株で注意を惹き、次いでサボタニの魅力、自生地、花色など会話しながら楽しく販売。

更に、ユネスコ世界ジオパーク認定一周年記念イベントゆえ、”鮎壺の滝”のオリジナルグッズ・缶バッチ等も。

なお、カタバミ、スミレ、ホトケノザ等の雑草が茂る拙宅への来訪は御遠慮してもらいました。

1904_9

帰宅すると、さぼちゃんだいすきさんが先日紹介されていた「カクタスハンドブック、原種サボテンを楽しむ、山本規詔著、双葉社」が届いていた。

特徴が良く表現された多数の写真、栽培法や呼び名、偉人、自生地情報等も、なるほどな~とガッテンするところ多々ありました。

「珍奇植物ビザールプランツと生きる」も来月になると届くので、これらも読んで実践です。

☀ご訪問ありがとうございました😃

にほんブログ村 花・園芸ブログ サボテンへ
にほんブログ村

明日は快晴、リバーサイドマーケットの準備

明日は、ボランティアガイドを務めている鮎壺の滝近くで、”伊豆半島ユネスコ世界ジオパーク認定 一周年記念イベント”。

その最終準備でバタバタしてます。

バザー用サボテンはレブチアやロビビア、パロディアがメイン、多肉はリトープス、ユーホルビア、パキポディウムなど・・・総数は数えてませんが、・・・ほとんど実生苗。

1904_8

花芽が付いた恵比寿笑い、リトープス、雪晃なども、全て100円。

しかも、枯れたり、腐ったりしてしまわないよう、説明書付き!

多様な姿、機能を有する珍奇植物を身近に親しむ機会提供です(独り相撲かもしれませんが)

ということで

明日は快晴、早朝よりサクラ チラチラ舞うリバーサイドへ行きます。

☁ご訪問ありがとうございました😃

にほんブログ村 花・園芸ブログ サボテンへ
にほんブログ村

 

国土地理院地形図上の”鮎壺の滝”表記について

伊豆半島ユネスコ世界ジオパークの一サイト"鮎壺の滝”についての、マニアックな地元ネタです。

 

この滝は地図にどのように表記されていたかを、種々の資料を探して調査しています。

 

昭和30年頃までの表記名は”藍壺の滝”あるいは”富士見の滝”となっていましたが、今回はその以降になります。

 

Photo

 

 

 

添付、昭和46年9月30日(1971年)発行の2.5万地形図・三島(国土地理院発行)にて、初めて”鮎壺の滝”表記がなされてきました。 以後、継続表記。

 

前版(昭和33年発行)も含めて無表記であったので、やっと”鮎壺の滝”として認知されたという事かも・・・

 

なお、呼び方は未だに混在しています・・・・・・地元年配の方々は”鮎壺”を”あいつぼ”と呼んで(読んで)います。(役所のフリガナは、”アユツボ”なんですが)

 

以上

 

今迄、身近な滝の表記変遷を書籍や地図で調べてきましたが、これで一区切りできました。

 

* 地図上の鮎壺の滝についての前回記事(富士箱根国立公園、昭和27年)は、こちら

 

 

 

ご訪問どうもありがとうございました (^o^)

 

 

 

 

 

 

 

 

”富士見滝””と”藍壺ノ滝”が併記された地図上の鮎壺の滝

今日は”富士山の日”。 そこで、久しぶりに地元ネタです。

 

 

 

ユネスコ世界ジオパーク認定から、そろそろ一年となる伊豆半島ジオパークの一サイト、”鮎壺の滝”の話題となります。

 

 

 

S_2

 

 

 

 

 

今回の資料は、昭和27年発行の「改訂版 富士箱根国立公園 観光地図」(松本安雄、日本観光文化協会)。

 

 

 

地図には現”鮎壺の滝”は”富士見滝”と”藍壺ノ滝”と併記されていました(左上山裾に黒字表記)。

 

 

 

S_3

 

 

 

 

昭和30年頃、地図に併記されるほど両呼称が地域に馴染んでいたことが伺えました。

 

なお、現名称も当時呼ばれていたようですがマイナー。未だ地図には登場してきません。

 

昭和40年頃の地図を確認してみよう!

 

 

 

ということで

 

 

少しずつ鮎壺の滝の歴史・文化的側面を肉付けしております。マニアックすぎますが・・・

 

 

 

*鮎壺の滝の呼称についての前回記事は、こちら

 

 

 

ご訪問どうもありがとうございました(^o^)

 

 

”鮎壺の滝”傍にヒメツルソバ

伊豆半島ジオパーク”鮎壺の滝”の植生について、マニアックな地元ネタです。

 

 

江戸初期から滝口上流より取水している本宿用水では、初秋からボンボン形の紅白の花が満開になっています!

 

 

 

コンクリート壁一杯です。

 

 

 

1901

 

*本宿用水、初秋の様子

 

 

 

”ヒメツルソバ”(Polygonum capitatum)というタデ科の常緑多年草で、矢印模様の葉が特徴的です。

 

 

 

 

1901_2

 

 

 

 

 

滝の断崖壁にも”ヒメツルソバ”のホフク茎が垂れ下がっていました! 

 

 

 

実はこの雑草の名前を、初めて知って、所在を認識したという次第(^-^;

 

 

 

まことに、・・・

 

 

 

ということで、

 

 

”亀鶴姫”伝説の”鮎壺の滝”傍に”ヒメツルソバ”!でした。

 

 

 

蛇足。”カメツルソバ”?とか、”ツルヒメソバ”、"ソバツルヒメ”?とかにならないようにしなければ・・・

 

 

 

 ご訪問どうもありがとうございました(^o^)

 

 

 

 

 

 

 

明治期の名勝”鮎壺の滝”と煙雨樓主人

伊豆半島ジオパークの一サイト”鮎壺の滝”についての、マニアックな地元ネタ、歴史・文化的側面の掘り起こしを行っています。

 

 

 

 最近、古びた絵葉書「(沼津名勝)煙雨先生碑」を入手しましたのでその話題。

 

 

 

1901_cocolog_2

 

 

 

 

 

 

明治22年、東海道線・沼津駅開業とともに、首都圏から人の往来が活発となり、案内書が発行されてきました。 

 

 

最初の案内書は「沼津雑誌」(明治16年(1883年)、岩城魁編、出版人・間宮喜十郎)。名勝‣古積欄に、鮎壺の滝は”藍壺譚”として紹介されました。

 

 

 

 

 

1901cocolog

 

*国立国会デジタル図書館より

 

 

 

次いで、読み易い文体で「沼津案内」(明治24年、煙雨樓主人編、出版者・間宮喜十郎)が発刊。 

 

 

 

ここでは 「”藍壺の瀑布” 東北半里黄瀬川の上流にあり瀑布の落ちるところ極めて深く藍を壺中に貯へたるの観あり是れ此の名の起こる所以なり」と記述されています。

 

 

これら案内書に係わってきた間宮喜十郎氏が煙雨先生(煙雨樓主人)ということです。

 

 

 

絵葉書の顕彰碑(明治44年建立)には、明治初期の沼津の教育・文化に貢献されたことが刻まれています。10数年前、千本浜公園を訪れた際、3,4メートルある石碑の写真を撮り、明治は遠いな~と思ったことがありました。

 

 

 

 

この機会に再び訪れた公園内の案内板には、井上靖文学碑、若山牧水歌碑等8つの碑を巡る表記が有りましたが、この顕彰碑は無視され続け、松林の中でヒッソリ。

 

 

 

だけど、私には、やっと観光という面で繋がりが出てきたということです。

 

 

 

1901_cocolog_3

 

 

 

沼津千本浜公園。 左側が駿河湾、右は松林。 向こうに富士山(このアングルでは見えませんでした)

 

 

 

 

以上

 

駿河湾と千本松原、富士山という広々とした空間のなかで、狭苦しい話題で恐縮。

 

 

 

* 鮎壺の滝に関する前回記事(魚のこと)は、こちら

 

 

 

 

ご訪問どうもありがとうございました(^o~)

 

 

 

 

 

 


にほんブログ村

”鮎壺の滝”と魚の雑談

伊豆半島ジオサイト”鮎壺の滝”のマニアックな話題、それも滝壺にいる魚について。

 

 

 

この滝つぼに鮎が群集していたので、そう呼称された(大正三年 長泉村沿革誌より)というのは、狩野川水系・黄瀬川なので納得していますが・・・

 

 

 

 

 

現在いる魚は・・・といっても、? なので、魚に関する雑学です。

 

 

 

★゜・。。・゜゜・。。・゜☆゜・。。・゜゜・。。・゜

 

 

 

 

 

昭和29年4月26日、「七人の侍」(黒澤明監督)が封切られました。

 

 

 

戦いの前、侍たちが集落へ行く途中・・・・・・菊千代(三船敏郎)が滝壺に潜って、魚を捕まえるシーンがありますが、その撮影場所が”鮎壺の滝”

 

 

 

 

滝上では六人の侍と百姓達がにぎり飯を食べながら、様子を伺っています。

 

 

 

 

・・・で、手づかみした魚は? 

 

 

 

Img20180905_14542887

 

 

 

 

 

 

「映画情報(国際情報社、1953年9月)」のコラム・スタジオ冗談風景「コイはつらいもんじゃワイ」では、鯉に何回も逃げられ、足りなくなって買いに行ったとの裏話。

 

 

 

う~ん、何回ビデオを見ても鯉ではないし、鮎でもなさそうだが・・・ 戦国時代の清流に住む魚・・・やはり鮎と思いたい。

 

 

 

★゜・。。・゜゜・。。・゜☆゜・。。・゜゜・。。・゜

 

 

 

Photo

 

 

 

 

 

 

 

 

上のパンフレット「ぬまづ」(昭和29年3月発行、沼津市)には、鮎壺の滝と釣り人が掲載されていました!

 

 

 

 

タモ網を肩にかけ、竿は右手方向に長くのびている・・・鮎釣り?が一番似合っている。

 

 

 

 

こんな風景良いな~

 

 

 

★゜・。。・゜゜・。。・゜☆゜・。。・゜゜・。。・゜

 

 

 

 

 

 

Photo_2

 

 

 

 

それから30年後に発行(昭和58年、1983年)された絵はがき「入選写真集 沼津新八景」の一枚。

 

 

 

タイトルは”銀鱗跳ねるあいつぼの瀧”。

 

 

 

 

真っ白い富士山ゆえ鮎ではないが・・・跳ねる姿、見たかったな~、そうありたいな~

 

 

 

 

 

 

なお、三資料とも右側の滝口と滝壺になります。

 

 

 

 

以上

 

 ジオサイトの資料調査?いや雑談のネタ報告でした。

 

 

 

 

現在、つり橋からは大きな鯉がたむろしているのが見えますが、鵜やカワセミが捕まえる小魚を是非とも見たいものです。

 

 

 

* 鮎壺の滝の前回記事(大正天皇と富士見の瀧)は、こちら

 

 

 

 

 ご訪問どうもありがとうございます(^0^)

 

 

 

 

 

 

大正天皇 富士見の滝を観る

伊豆半島ジオパーク”鮎壺の滝”に関するマミアックな地元ネタです。 それも、沼津御用邸に滞在中、東宮(大正天皇)がお出でになった時の七言絶句のこと。
 明治大正にかけて、このジオサイトには三島園という交流の場があり、「・・・園内には三島東宮侍講の観瀑の詩を初めその他文人雅士の詩歌多し」(沼津繁昌記、明治34年)ということなので、どういう作品か調べています。
ところが、三島中洲の観瀑の詩にしても、糸口掴むことできていません。 
そして、迷走して 「大正天皇漢詩集、石川忠久編著、大修館書店」に!
明治36年1月19日午後、妃と共に馬車で三島停車場(現下土狩駅)近くの富士見の滝(鮎壺の滝)にお出でになり、詠んだ漢詩(書き下し文を表示)。
  三島駅に富士見の(たき)を観る

雲霧天を(おお)って 雨雪を催す

(しょうじょう)たる孤駅 行人絶ゆ

車を停めて一路林園を訪う

寒瀑衣に(そそ)いで 氷結ばんと欲す

 

その他、明治32年2月、七言絶句「三島驛」も掲載されていました。

 

三島宿のことと説明されていましたが、驛があるのに宿とは? 

また2月29日三島駅に下車し、愛鷹山へ狩猟に出かけたこと(ながいずみ歴史年表)などから、開業間もない駅(現下土狩駅)のことと、私は理解しています。

 

以上

ジオサイトの歴史・文化の掘り起こし活動の一端をご紹介しました。

 

* 鮎壺の滝に関する前回記事(白隠禅師、荊叢毒蘂)は、こちら

 

 ご訪問、どうもありがとうございました(^0^)

2019年10月
    1 2 3 4 5
6 7 8 9 10 11 12
13 14 15 16 17 18 19
20 21 22 23 24 25 26
27 28 29 30 31    

サボテンの切手帳

  • Melocactus macracanthus
    サボテン切手の一覧です。No reproduction or republication without written permission.

多肉植物の切手帳

  • Adansonia digitata 2000
    多肉植物切手の一覧です。No reproduction or republication without written permission.
無料ブログはココログ