サボテンの華

  • Echinocereus rigidisimus ssp. rubispinus
    サボテンの花の写真集です。 異空間の魅力を覗いてみました。 どうぞ。

サボテンと生き物

  • ロスラーツムの花と蜂
    サボテンや多肉植物に集まってきた昆虫などの写真です。 小さなフレームですが、色々な生き物と遭遇しました。

”鮎壺の滝”傍にヒメツルソバ

伊豆半島ジオパーク”鮎壺の滝”の植生について、マニアックな地元ネタです。
江戸初期から滝口上流より取水している本宿用水では、初秋からボンボン形の紅白の花が満開になっています!
 
コンクリート壁一杯です。
 
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*本宿用水、初秋の様子
 
”ヒメツルソバ”(Polygonum capitatum)というタデ科の常緑多年草で、矢印模様の葉が特徴的です。
 
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滝の断崖壁にも”ヒメツルソバ”のホフク茎が垂れ下がっていました! 
 
実はこの雑草の名前を、初めて知って、所在を認識したという次第(^-^;
 
まことに、・・・
 
ということで、
”亀鶴姫”伝説の”鮎壺の滝”傍に”ヒメツルソバ”!でした。
 
蛇足。”カメツルソバ”?とか、”ツルヒメソバ”、"ソバツルヒメ”?とかにならないようにしなければ・・・
 
sun ご訪問どうもありがとうございました(^o^)
 
 

明治期の名勝”鮎壺の滝”と煙雨樓主人

伊豆半島ジオパークの一サイト”鮎壺の滝”についての、マニアックな地元ネタ、歴史・文化的側面の掘り起こしを行っています。
 
 最近、古びた絵葉書「(沼津名勝)煙雨先生碑」を入手しましたのでその話題。
 
1901_cocolog_2
 
明治22年、東海道線・沼津駅開業とともに、首都圏から人の往来が活発となり、案内書が発行されてきました。 
最初の案内書は「沼津雑誌」(明治16年(1883年)、岩城魁編、出版人・間宮喜十郎)。名勝‣古積欄に、鮎壺の滝は”藍壺譚”として紹介されました。
 
 
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*国立国会デジタル図書館より
 
次いで、読み易い文体で「沼津案内」(明治24年、煙雨樓主人編、出版者・間宮喜十郎)が発刊。 
 
ここでは 「”藍壺の瀑布” 東北半里黄瀬川の上流にあり瀑布の落ちるところ極めて深く藍を壺中に貯へたるの観あり是れ此の名の起こる所以なり」と記述されています。
これら案内書に係わってきた間宮喜十郎氏が煙霧主人ということです。
 
絵葉書の顕彰碑(明治44年建立)には、明治初期の沼津の教育・文化に貢献されたことが刻まれています。10数年前、千本浜公園を訪れた際、3,4メートルある石碑の写真を撮り、明治は遠いな~と思ったことがありました。
 
この機会に再び訪れた公園内の案内板には、井上靖文学碑、若山牧水歌碑等8つの碑を巡る表記が有りましたが、この顕彰碑は無視され続け、松林の中でヒッソリ。
 
だけど、私には、やっと観光という面で繋がりが出てきたということです。
 
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沼津千本浜公園。 左側が駿河湾、右は松林。 向こうに富士山(このアングルでは見えませんでした)
 
以上
駿河湾と千本松原、富士山という広々とした空間のなかで、狭苦しい話題で恐縮。
 
* 鮎壺の滝に関する前回記事(魚のこと)は、こちら
 
sunご訪問どうもありがとうございました(^o~)
 


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吊るし雲、光の道など盛りだくさん 

今朝、東伊豆海岸から巨大な吊るし雲が見えました。
 
写真は、伊豆大島南側から昇る朝日の”光の道”、定置網の漁船、そして巨大な吊るし雲です。
 
富士山では荒天前に出てきますが、海上はスケール大きいですね~
 
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ということで
 
余りに見事だったので・・・スケール大きすぎて納まりませんでした(^-^;
 
sunご訪問どうもありがとうございました(^0^)


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門池の散歩道

最近、メタボ通知で急遽、スポーツジム通いと散歩を再開してます。
 
今度はダラダラせず、ハアハア足早に・・・そこで、マニアックな地元ネタです。
 
鮎壺の滝を観て、河岸段丘を登って、門池(灌漑用水池)を一周して戻るコース。 富士山や渡り鳥、ヘラブナ釣りのオジサンを眺めたりの気分転換付きです。
 
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* 排水塔と箱根の山々
 
 
途中、古い用水の経緯を記載した説明版で・・・
 
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* ”牧堰門池用水”説明版
 
この絵葉書(”沼津新八景”の一枚)が看板に載っていました!
 
池の周りは、現在整備された歩道ですが、この当時はサクラ並木になっていました(昭和58年以前の姿)。
 
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* 沼津新八景 ” 近郊唯一の遊園地門池”
 
そうだったのか!
 
そういえば、先に報告した昭和29年のパンフレット(ぬまづ)では、池でボート遊びしていました!(現在は出来ません)
 
 
なるほどね・・・
近場の名所、遊歩道の変遷をこの機会に知ることができました。 
楽しそうな子供たちの姿、変わらないですね~
 
 
*リンク先は関連する記事になります。
 
sun ご訪問どうもありがとうございました(^0^)
 


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今年の振り返り 成果・失敗など

今年も残りわずかとなりました。 サボテン・多肉植物も動きが少なくなり、 この機会に一年間の成果や失敗などのトピックスをカテゴリー別に振り返りました。
 
★゜・。。・゜゜・。。・゜
 
① サボテンの栽培
 年初の病気で植替え不十分の失敗やスペースや管理面もあって実生を中止した事、初花サボ等も有りましたが・・・
・・・一番のトピックスは、50年前に実生した新天地が初めて一つ結実したこと。
 
赤い桃がなんとも優雅。ここだけ別世界でした。
 
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ところが、この新天地に腐りが発生しだし、徐々に広がってもうダメ・・・
 
・・・1500粒以上の種子の10粒位、これだけは蒔いてみようと思うようになった。
 
☆゜・。。・゜゜・。。・゜
 
② 多肉植物の栽培
 
  全滅した実生メセンもありましたが、おおむねリトやコノなど順調に生育しました。
 
ここでのトピックスは、実生ケイリドプシス ペキュリアリス(翔鳳)の初花。
 
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 大輪美花というより、夏姿と冬姿が一変すること、機能別に進化した葉から花という神秘さに驚きました。
 
☆゜・。。・゜゜・。。・゜
 
③ サボテン・多肉植物切手
 学名に由来する人物や、地域に愛されているサボタニを切手の窓から紹介してきました。
 
 ここでは、バオバブ巨樹が、ここ12年間で消滅しているニュースに接し、サンランドやチャップマンバオバブなどを、切手を通して身近に感じた事です。
 
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* 倒壊したボツワナのチャプマン バオバブ(Chapman's Baobab)
 
 サボタニ自生地の広い世界を切手を通じて知ること、継続したいと思っています。
 
☆゜・。。・゜゜・。。・゜
 
⑤ 地域・旅行
  今年4月、伊豆半島がユネスコ世界ジオパークとなりました。それ以降、ボランティアガイドや郷土史研究、特に”鮎壺の滝””に関する歴史・文化面の掘り下げに努力しました。
 
滝名が記載されている古地図を収集し、文化祭にて報告したこと。白隠禅師が1735年、この滝を訪れた漢詩が載っている「荊叢毒蘂」を入手したこと。 高名書家による書き下し文を地元協会に寄贈したことがトピックス。
 
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写真は、一目で眺められるよう卓上アクリル額にしたもの。
 
以上
個人的な思い込みで行った・選んだ一年のまとめです。
 
* リンク先は、関連する話題の記事になります。
 
cloud 今年もありがとうございました(^0^)


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”鮎壺の滝”と魚の雑談

伊豆半島ジオサイト”鮎壺の滝”のマニアックな話題、それも滝壺にいる魚について。
 
この滝つぼに鮎が群集していたので、そう呼称された(大正三年 長泉村沿革誌より)というのは、狩野川水系・黄瀬川なので納得していますが・・・
 
現在いる魚は・・・といっても、? なので、魚に関する雑学です。
 
★゜・。。・゜゜・。。・゜☆゜・。。・゜゜・。。・゜
 
昭和29年4月26日、「七人の侍」(黒澤明監督)が封切られました。
 
戦いの前、侍たちが集落へ行く途中・・・・・・菊千代(三船敏郎)が滝壺に潜って、魚を捕まえるシーンがありますが、その撮影場所が”鮎壺の滝”
 
滝上では六人の侍と百姓達がにぎり飯を食べながら、様子を伺っています。
 
・・・で、手づかみした魚は? 
 
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「映画情報(国際情報社、1953年9月)」のコラム・スタジオ冗談風景「コイはつらいもんじゃワイ」では、鯉に何回も逃げられ、足りなくなって買いに行ったとの裏話。
 
う~ん、何回ビデオを見ても鯉ではないし、鮎でもなさそうだが・・・ 戦国時代の清流に住む魚・・・やはり鮎と思いたい。
 
★゜・。。・゜゜・。。・゜☆゜・。。・゜゜・。。・゜
 
Photo
 
上のパンフレット「ぬまづ」(昭和29年3月発行、沼津市)には、鮎壺の滝と釣り人が掲載されていました!
 
タモ網を肩にかけ、竿は右手方向に長くのびている・・・鮎釣り?が一番似合っている。
 
こんな風景良いな~
 
★゜・。。・゜゜・。。・゜☆゜・。。・゜゜・。。・゜
 
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それから30年後に発行(昭和58年、1983年)された絵はがき「入選写真集 沼津新八景」の一枚。
 
タイトルは”銀鱗跳ねるあいつぼの瀧”。
 
真っ白い富士山ゆえ鮎ではないが・・・跳ねる姿、見たかったな~、そうありたいな~
 
なお、三資料とも右側の滝口と滝壺になります。
 
以上
 ジオサイトの資料調査?いや雑談のネタ報告でした。
 
現在、つり橋からは大きな鯉がたむろしているのが見えますが、鵜やカワセミが捕まえる小魚を是非とも見たいものです。
 
* 鮎壺の滝の前回記事(大正天皇と富士見の瀧)は、こちら
 
sundash ご訪問どうもありがとうございます(^0^)
 

大正天皇 富士見の滝を観る

伊豆半島ジオパーク”鮎壺の滝”に関するマミアックな地元ネタです。 それも、沼津御用邸に滞在中、東宮(大正天皇)がお出でになった時の七言絶句のこと。
 
 明治大正にかけて、このジオサイトには三島園という交流の場があり、「・・・園内には三島東宮侍講の観瀑の詩を初めその他文人雅士の詩歌多し」(沼津繁昌記、明治34年)ということなので、どういう作品か調べています。
 
ところが、三島中洲の観瀑の詩にしても、糸口掴むことできていません。 
そして、迷走して 「大正天皇漢詩集、石川忠久編著、大修館書店」に!
 
 
明治36年1月19日午後、妃と共に馬車で三島停車場(現下土狩駅)近くの富士見の滝(鮎壺の滝)にお出でになり、詠んだ漢詩(書き下し文を表示)。
    

三島駅に富士見の(たき)を観る

 

雲霧天を(おお)って 雨雪を催す

(しょうじょう)たる孤駅 行人絶ゆ

車を停めて一路林園を訪う

寒瀑衣に(そそ)いで 氷結ばんと欲す


その他、明治32年2月、七言絶句「三島驛」も掲載されていました。

 

三島宿のことと説明されていましたが、驛があるのに宿とは? また2月29日三島駅に下車し、愛鷹山へ狩猟に出かけたこと(ながいずみ歴史年表)などから、開業間もない駅(現下土狩駅)のことと、私は理解しています。

 

以上

ジオサイトの歴史・文化の掘り起こし活動の一端をご紹介しました。

 

* 鮎壺の滝に関する前回記事(白隠禅師、荊叢毒蘂)は、こちら

 

sunbook ご訪問、どうもありがとうございました(^0^)

白隠禅師の"荊叢毒蘂"を飾る!

マニアックな地元ネタになります。今朝の富士山は下の方まで白くなっていました。 
 
その富士山と並ぶ駿河の国が誇る臨済宗再興の祖・白隠禅師、晩年の著書”荊叢毒蘂、明和6年版”(ケイソウドクズイ)を入手しました。
 
何しろおよそ300年前、白隠禅師が(地元伊豆半島ジオパーク)”鮎壺の滝”を訪れた時に詠まれた漢詩が載っているのです。
 
やはり、公開情報のコピーより、虫食いの和本は本物の重みがありますね~
 
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その当時”藍壺”と呼ばれていた滝を、漢詩は予断をもって眺めたけれど、すぐ5感を研ぎ澄ませて、素直に力強さを表現しておりました。
 
ただ、賛ではなく偈頌(ゲジュ)ゆえ、悟りの境地などの宗教的内容を表現しているようですが・・・
 
ともあれ、 
 
”鮎壺の滝”は、ユネスコ世界ジオパークの1サイトなので文化・歴史面から理解を深めることに役立てればいいかなと。 来年は白隠禅師没後250年、それに少し間に合いました。
 
添付画像は本と漢詩と書き下し文を卓上用フレームにしたものです。
 
* 鮎壺の滝の前回記事は、こちら
 
sunご訪問どうもありがとうございました。

鮎壺の滝と何時呼ばれたの?

今日は、マニアックな地元ネタ。文化の日なので、先日文化祭に出品した資料の整理と、冊子作製。 何しろ、もう終わったので、ケジメとリセット。
 
伊豆半島ジオパークがユネスコ世界ジオパークに認定されてから半年になるので、 そのサイト・鮎壺の滝の歴史・文化を調査・報告したまとめになります。
 
その成果
①鮎壺の滝の歴史・文化を自己流で発掘。 白隠禅師の漢詩”藍壺”と著名書家の作品を展示できた。
 
Photo
 
②鮎壺の滝が表記されている明治・大正・昭和の地図12点や絵葉書29点等、誰もしない作業を収集・整理できたこと。
 
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③三つの滝名称(藍壺、富士見、鮎壺)の文献調査。 結局、大正三年発行の村誌に、”鮎壺の滝”と呼ばれていた記載が判ったこと。 苦労して記録を探し回ったけど、足元にあった。
 
Photo_4
 
ということで
 
何となく、判ったつもりのことを・・・、コツコツ、足を使って・・・成果は自己満足(*^-^)
 
* リンク先は前回記事になります。
 
cloud ご訪問、どうもありがとうございました。

”古地図で巡る鮎壺の滝”

明日から始まる町民文化祭用に”古地図で巡る 鮎壺の滝”の展示を行った。
 
伊豆半島が世界ユネスコジオパークに登録されて半年になりました。
 
その登録記念に、その一サイトの歴史(滝の名称の変遷他)を、古地図や絵葉書、書籍をコツコツ調べた結果報告です。 
 
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* 中央の冊子がメインです。
 
この小さな滝が富士箱根伊豆国立公園の地図に載っていたり、江戸時代の地図に地区名や近所の小道を見つけたり、まさにタイムトラベル。
 
「駿河には過ぎたるものが二つあり、富士のお山に原の白隠」と称えられた白隠禅師が詠まれた”藍壺”の著名書家による書も展示しました。
 
住民や観光客に、地元の名勝を理解する上で、少しでもお役に立てればと。
 
book ご訪問、どうもありがとうございました。

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