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    サボテンや多肉植物に集まってきた昆虫などの写真です。 小さなフレームですが、色々な生き物と遭遇しました。

三島競馬場(4)観覧の写真

一昨日、日経新聞夕刊に”郷土史探って地域貢献”することは、”「個人の楽しみ」ブームに乗って脚光”されていることを紹介しておりました。

そこで、久しぶりにマニアックな地元ネタ、三島競馬場について二年ぶりの続報です。

すでに空中写真や地図に、その痕跡をご紹介してきましたが、今回は戦前に催した競馬場風景となります。

13_1

これは小冊子「観光の三島」(三島町役場、昭和13年7月5日発行)に掲載の写真。 観覧席と観客、疾走する数頭の馬等が写っています。

コート姿から昭13年1月15~18日の競馬場風景と察します。前年10月13,14日に新設記念として開催されているので、初期の様子となります。

細かく見ると、キャディー風のご婦人は馬券売りの方かな?とか、左回りコース?とか沸々と・・・

なお、昭和22年9月25日発行の「観光の三島」の競馬場風景については、画質が悪いこと、焼失して半分になったはずの観客席がそのままのようなので、割愛しました。

ともあれ、

当時の様子をイメージできる資料はインパクトあると実感した次第です。

*三島競馬場の前回記事((3)鳥瞰図)は、こちら

*お詫び:技術稚拙故、横写真の画像添付では端が切れてしまい、縦にしています。

☁ご訪問どうもありがとうございました😃

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来宮神社の大楠を見に行きました

今日は熱海銀座で食事・散策やローズガーデンや来宮神社の見学など、研修旅行に行きました。
 
それぞれ人気スポットなんですが・・・人混みの様子や魅力の秘密、そに至る工夫を覗きに・・・
 
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これは来宮神社の大楠。 天然記念物の御神木は確かに大きく、それ自体有難いんですが・・・家族、カップル連れが多数、興味深そうに一周しています。
 
一周すると一年生き延びるということゆえかな~・・・私も何気に回りましたが。
 
私は駅前の丹那トンネルから水を集めた浄水場(ブラタモリに登場)の方に興味があったんですが、ご利益に関係ないゆえかゼロ人。
 
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街中では行列店もあったけれど、その隣は閑散。
 
通り一つにしても、混とんとして分りずらく歩きにくかった・・・
 
ということで、玉がたくさん有り過ぎて、まだまだ工夫・発展の余地・・・・・・小文字のv字回復かな(辛口評価)
 
 ご訪問どうもありがとうございました。
 
 
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国土地理院地形図上の”鮎壺の滝”表記について

伊豆半島ユネスコ世界ジオパークの一サイト"鮎壺の滝”についての、マニアックな地元ネタです。

この滝は地図にどのように表記されていたかを、種々の資料を探して調査しています。

昭和30年頃までの表記名は”藍壺の滝”あるいは”富士見の滝”となっていましたが、今回はその以降になります。

Photo

添付、昭和46年9月30日(1971年)発行の2.5万地形図・三島(国土地理院発行)にて、初めて”鮎壺の滝”表記がなされてきました。 以後、継続表記。

前版(昭和33年発行)も含めて無表記であったので、やっと”鮎壺の滝”として認知されたという事かも・・・

なお、呼び方は未だに混在しています・・・・・・地元年配の方々は”鮎壺”を”あいつぼ”と呼んで(読んで)います。(役所のフリガナは、”アユツボ”なんですが)

以上

今迄、身近な滝の表記変遷を書籍や地図で調べてきましたが、これで一区切りできました。

* 地図上の鮎壺の滝についての前回記事(富士箱根国立公園、昭和27年)は、こちら

 

ご訪問どうもありがとうございました (^o^)

”富士見滝””と”藍壺ノ滝”が併記された地図上の鮎壺の滝

今日は”富士山の日”。 そこで、久しぶりに地元ネタです。
 
ユネスコ世界ジオパーク認定から、そろそろ一年となる伊豆半島ジオパークの一サイト、”鮎壺の滝”の話題となります。
 
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今回の資料は、昭和27年発行の「改訂版 富士箱根国立公園 観光地図」(松本安雄、日本観光文化協会)。
 
地図には現”鮎壺の滝”は”富士見滝”と”藍壺ノ滝”と併記されていました(左上山裾に黒字表記)。
 
S_3
 
昭和30年頃、地図に併記されるほど両呼称が地域に馴染んでいたことが伺えました。
なお、現名称も当時呼ばれていたようですがマイナー。未だ地図には登場してきません。
昭和40年頃の地図を確認してみよう!
 
ということで
少しずつ鮎壺の滝の歴史・文化的側面を肉付けしております。マニアックすぎますが・・・
 
*鮎壺の滝の呼称についての前回記事は、こちら
 
ご訪問どうもありがとうございました(^o^)

”鮎壺の滝”傍にヒメツルソバ

伊豆半島ジオパーク”鮎壺の滝”の植生について、マニアックな地元ネタです。
江戸初期から滝口上流より取水している本宿用水では、初秋からボンボン形の紅白の花が満開になっています!
 
コンクリート壁一杯です。
 
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*本宿用水、初秋の様子
 
”ヒメツルソバ”(Polygonum capitatum)というタデ科の常緑多年草で、矢印模様の葉が特徴的です。
 
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滝の断崖壁にも”ヒメツルソバ”のホフク茎が垂れ下がっていました! 
 
実はこの雑草の名前を、初めて知って、所在を認識したという次第(^-^;
 
まことに、・・・
 
ということで、
”亀鶴姫”伝説の”鮎壺の滝”傍に”ヒメツルソバ”!でした。
 
蛇足。”カメツルソバ”?とか、”ツルヒメソバ”、"ソバツルヒメ”?とかにならないようにしなければ・・・
 
 ご訪問どうもありがとうございました(^o^)
 
 

明治期の名勝”鮎壺の滝”と煙雨樓主人

伊豆半島ジオパークの一サイト”鮎壺の滝”についての、マニアックな地元ネタ、歴史・文化的側面の掘り起こしを行っています。
 
 最近、古びた絵葉書「(沼津名勝)煙雨先生碑」を入手しましたのでその話題。
 
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明治22年、東海道線・沼津駅開業とともに、首都圏から人の往来が活発となり、案内書が発行されてきました。 
最初の案内書は「沼津雑誌」(明治16年(1883年)、岩城魁編、出版人・間宮喜十郎)。名勝‣古積欄に、鮎壺の滝は”藍壺譚”として紹介されました。
 
 
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*国立国会デジタル図書館より
 
次いで、読み易い文体で「沼津案内」(明治24年、煙雨樓主人編、出版者・間宮喜十郎)が発刊。 
 
ここでは 「”藍壺の瀑布” 東北半里黄瀬川の上流にあり瀑布の落ちるところ極めて深く藍を壺中に貯へたるの観あり是れ此の名の起こる所以なり」と記述されています。
これら案内書に係わってきた間宮喜十郎氏が煙雨先生(煙雨樓主人)ということです。
 
絵葉書の顕彰碑(明治44年建立)には、明治初期の沼津の教育・文化に貢献されたことが刻まれています。10数年前、千本浜公園を訪れた際、3,4メートルある石碑の写真を撮り、明治は遠いな~と思ったことがありました。
 
この機会に再び訪れた公園内の案内板には、井上靖文学碑、若山牧水歌碑等8つの碑を巡る表記が有りましたが、この顕彰碑は無視され続け、松林の中でヒッソリ。
 
だけど、私には、やっと観光という面で繋がりが出てきたということです。
 
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沼津千本浜公園。 左側が駿河湾、右は松林。 向こうに富士山(このアングルでは見えませんでした)
 
以上
駿河湾と千本松原、富士山という広々とした空間のなかで、狭苦しい話題で恐縮。
 
* 鮎壺の滝に関する前回記事(魚のこと)は、こちら
 
ご訪問どうもありがとうございました(^o~)
 


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吊るし雲、光の道など盛りだくさん 

今朝、東伊豆海岸から巨大な吊るし雲が見えました。
 
写真は、伊豆大島南側から昇る朝日の”光の道”、定置網の漁船、そして巨大な吊るし雲です。
 
富士山では荒天前に出てきますが、海上はスケール大きいですね~
 
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ということで
 
余りに見事だったので・・・スケール大きすぎて納まりませんでした(^-^;
 
ご訪問どうもありがとうございました(^0^)


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門池の散歩道

最近、メタボ通知で急遽、スポーツジム通いと散歩を再開してます。
 
今度はダラダラせず、ハアハア足早に・・・そこで、マニアックな地元ネタです。
 
鮎壺の滝を観て、河岸段丘を登って、門池(灌漑用水池)を一周して戻るコース。 富士山や渡り鳥、ヘラブナ釣りのオジサンを眺めたりの気分転換付きです。
 
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* 排水塔と箱根の山々
 
 
途中、古い用水の経緯を記載した説明版で・・・
 
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* ”牧堰門池用水”説明版
 
この絵葉書(”沼津新八景”の一枚)が看板に載っていました!
 
池の周りは、現在整備された歩道ですが、この当時はサクラ並木になっていました(昭和58年以前の姿)。
 
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* 沼津新八景 ” 近郊唯一の遊園地門池”
 
そうだったのか!
 
そういえば、先に報告した昭和29年のパンフレット(ぬまづ)では、池でボート遊びしていました!(現在は出来ません)
 
 
なるほどね・・・
近場の名所、遊歩道の変遷をこの機会に知ることができました。 
楽しそうな子供たちの姿、変わらないですね~
 
 
*リンク先は関連する記事になります。
 
 ご訪問どうもありがとうございました(^0^)
 


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今年の振り返り 成果・失敗など

今年も残りわずかとなりました。 サボテン・多肉植物も動きが少なくなり、 この機会に一年間の成果や失敗などのトピックスをカテゴリー別に振り返りました。
 
★゜・。。・゜゜・。。・゜
 
① サボテンの栽培
 年初の病気で植替え不十分の失敗やスペースや管理面もあって実生を中止した事、初花サボ等も有りましたが・・・
・・・一番のトピックスは、50年前に実生した新天地が初めて一つ結実したこと。
 
赤い桃がなんとも優雅。ここだけ別世界でした。
 
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ところが、この新天地に腐りが発生しだし、徐々に広がってもうダメ・・・
 
・・・1500粒以上の種子の10粒位、これだけは蒔いてみようと思うようになった。
 
☆゜・。。・゜゜・。。・゜
 
② 多肉植物の栽培
 
  全滅した実生メセンもありましたが、おおむねリトやコノなど順調に生育しました。
 
ここでのトピックスは、実生ケイリドプシス ペキュリアリス(翔鳳)の初花。
 
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 大輪美花というより、夏姿と冬姿が一変すること、機能別に進化した葉から花という神秘さに驚きました。
 
☆゜・。。・゜゜・。。・゜
 
③ サボテン・多肉植物切手
 学名に由来する人物や、地域に愛されているサボタニを切手の窓から紹介してきました。
 
 ここでは、バオバブ巨樹が、ここ12年間で消滅しているニュースに接し、サンランドやチャップマンバオバブなどを、切手を通して身近に感じた事です。
 
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* 倒壊したボツワナのチャプマン バオバブ(Chapman's Baobab)
 
 サボタニ自生地の広い世界を切手を通じて知ること、継続したいと思っています。
 
☆゜・。。・゜゜・。。・゜
 
⑤ 地域・旅行
  今年4月、伊豆半島がユネスコ世界ジオパークとなりました。それ以降、ボランティアガイドや郷土史研究、特に”鮎壺の滝””に関する歴史・文化面の掘り下げに努力しました。
 
滝名が記載されている古地図を収集し、文化祭にて報告したこと。白隠禅師が1735年、この滝を訪れた漢詩が載っている「荊叢毒蘂」を入手したこと。 高名書家による書き下し文を地元協会に寄贈したことがトピックス。
 
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写真は、一目で眺められるよう卓上アクリル額にしたもの。
 
以上
個人的な思い込みで行った・選んだ一年のまとめです。
 
* リンク先は、関連する話題の記事になります。
 
 今年もありがとうございました(^0^)


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”鮎壺の滝”と魚の雑談

伊豆半島ジオサイト”鮎壺の滝”のマニアックな話題、それも滝壺にいる魚について。
 
この滝つぼに鮎が群集していたので、そう呼称された(大正三年 長泉村沿革誌より)というのは、狩野川水系・黄瀬川なので納得していますが・・・
 
現在いる魚は・・・といっても、? なので、魚に関する雑学です。
 
★゜・。。・゜゜・。。・゜☆゜・。。・゜゜・。。・゜
 
昭和29年4月26日、「七人の侍」(黒澤明監督)が封切られました。
 
戦いの前、侍たちが集落へ行く途中・・・・・・菊千代(三船敏郎)が滝壺に潜って、魚を捕まえるシーンがありますが、その撮影場所が”鮎壺の滝”
 
滝上では六人の侍と百姓達がにぎり飯を食べながら、様子を伺っています。
 
・・・で、手づかみした魚は? 
 
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「映画情報(国際情報社、1953年9月)」のコラム・スタジオ冗談風景「コイはつらいもんじゃワイ」では、鯉に何回も逃げられ、足りなくなって買いに行ったとの裏話。
 
う~ん、何回ビデオを見ても鯉ではないし、鮎でもなさそうだが・・・ 戦国時代の清流に住む魚・・・やはり鮎と思いたい。
 
★゜・。。・゜゜・。。・゜☆゜・。。・゜゜・。。・゜
 
Photo
 
上のパンフレット「ぬまづ」(昭和29年3月発行、沼津市)には、鮎壺の滝と釣り人が掲載されていました!
 
タモ網を肩にかけ、竿は右手方向に長くのびている・・・鮎釣り?が一番似合っている。
 
こんな風景良いな~
 
★゜・。。・゜゜・。。・゜☆゜・。。・゜゜・。。・゜
 
Photo_2
 
それから30年後に発行(昭和58年、1983年)された絵はがき「入選写真集 沼津新八景」の一枚。
 
タイトルは”銀鱗跳ねるあいつぼの瀧”。
 
真っ白い富士山ゆえ鮎ではないが・・・跳ねる姿、見たかったな~、そうありたいな~
 
なお、三資料とも右側の滝口と滝壺になります。
 
以上
 ジオサイトの資料調査?いや雑談のネタ報告でした。
 
現在、つり橋からは大きな鯉がたむろしているのが見えますが、鵜やカワセミが捕まえる小魚を是非とも見たいものです。
 
* 鮎壺の滝の前回記事(大正天皇と富士見の瀧)は、こちら
 
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