サボテンの華

  • Echinocereus rigidisimus ssp. rubispinus
    サボテンの花の写真集です。 異空間の魅力を覗いてみました。 どうぞ。

サボテンと生き物

  • ロスラーツムの花と蜂
    サボテンや多肉植物に集まってきた昆虫などの写真です。 小さなフレームですが、色々な生き物と遭遇しました。

「富士箱根伊豆案内図」に藍壺滝

マニアックな地元ネタ、郷土史です。(長文失礼します)

現在、ボランティアガイドの傍ら、、伊豆半島ジオパークの一サイト”鮎壺の滝”について、戦前の旅行案内地図には、どのように表記されていたのかを調べています。

この地域は、東海道線と豆相線の三島駅開業(明治31年)、丹那トンネル開通(昭和9年12月)、更には富士箱根国立公園化(昭和11年2月)にともなって、名勝、名物等を記載した多様な観光案内地図が発行されてきました。

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添付の「国立公園 富士箱根伊豆案内図、 湯河俊次著、昭和10年2月、観光タイムス社」も、その一つ。地元沼津の業者が発行したものです。

 

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その地図に、下土狩駅(旧三島駅)付近に”藍壺滝”が表記されていました(藍壺滝は鮎壺の滝の当時の呼称)。 当時から名勝(赤点、赤線つき)だったのだな~

 
細かく見ると、三か月前に一部廃線となった駿豆線が残っていたり、国立公園と先走って表示していたりしていますが、まあ~そんなもんです。

以上

郷土の歴史研究として戦前の地図を調べた一例です。 結論は一目瞭然、簡単明瞭。 他人には、つまらないことかもしれませんが、コツコツ探す楽しみを見つけています。

なお、今月1日、日経新聞文化欄に”旅行案内書 日本の歩き方 -明治~戦前の刊行物研究 移り変わる社会をとらえ直す 荒山正彦”の記事が掲載されていましたので、久しぶりにご紹介しました。

* 著者・湯河俊次の前回記事(鳥瞰図東海道名勝遊覧案内図)は、こちら

suncar  ご訪問、どうもありがとうございました。

鮎壺の滝のマンホールカード

今日は祝日”山の日”ですが、足元のマンホールの図案の話題。
 
長泉町は今日からマンホールカードの配布を開始しました。
 
その蓋図案(1994年設置開始)は、町の花「サツキ」、町の木「モッコク」そして伊豆半島ジオサイトの「鮎壺の滝」越しに見える「富士山}と、溶岩に自生している「松」となっています。
 
Photo
 
カードはロゴマークと”ちょうどいいが いちばんのNagaizumi"のメッセージ付き用紙に差し込まれております。
 
多くのマンホールは自動車に踏まれて、褐色変となって目立ちませんが、このカラー マンホールカードは下水道の大切さを訴える機会かな。
 
なお、町ではこの長泉ブランドシンボル発表とともに、「住宅地から歩いて100歩で天然記念物」 ”鮎壺に滝”の絵はがきを発行しております。
 
ということで、
再びマニアックな地元ネタでした。
 
* 鮎壺の滝についての前回記事は、こちら
 
 
cloud ご訪問、どうもありがとうございました。

”藍壺の滝”の絵はがき いろいろ

今日は地元ネタ、それも大変マニアックな鮎壺の滝の話題です。
 
この4月、世界ジオパークに認定されたこともあって、ここ富士山の溶岩の滝は、連日観光客が来られて・・・・・・ こんな町中に!と驚かれていきます。
 
ところで、ジオサイトは自然の景観を楽しむとともに、人々の活動の歴史を学ぶ場でもあります。
ゆえに今回は、時々紹介している「滝の絵はがき」です。
 
Photo
絵葉書は、明治後半から三島、沼津の景勝地として・・・平成になってからは、長泉町の名勝として発行されています。
 
なお、滝表示は”藍壺の滝”、”富士見の滝”、最近では”鮎壺の滝”と変遷しています。
 
Photo_2
 
画像上は、木版画作者・中野清光氏による’藍壺の滝”の絵葉書(沼津郵趣会発行)です。 沼津の文化財・名勝を広く一般に紹介する十五作品の一枚となります。
 
滝全体では無く、一条の滝と中洲の木立だけで表現しています。 そこに力強さと新鮮さを感じます。(木版画そのものは別の機会に)
 
以上、
白隠禅師が感嘆した歴史ある滝を、どう表現しているか・・・絵葉書の面からほんの少し紹介しました。
 
 
★゜・。。・゜゜・。。・゜☆゜・。。・゜゜・。。・゜
 
蛇足
この一条の滝口は、どこ?・・・・ 一番右側と判断。
 
滝口右の溶岩上では、六人の侍と百姓たちが握り飯を食らい、滝壺では菊千代(三船敏郎)が潜って鮎を捕まえている・・・”七人の侍”の映画シーンの滝口となります。
 
蛇足ついでに、この一枚。 
その光る滝とともに、上下の特異な岩を写しこみました(それゆえ高さが出てない・・・)。
 
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* リンク先は関連する前回記事です。
 
 
yacht ご訪問、どうもありがとうございました (^ ^♪
 
 

明治天皇のシャシャラシャッポ

春先、山梨の七賢(山梨銘醸)へ、日本酒醸造の様子や明治天皇の行在所(あんざいしょ)を見学しました。

明治13年6月(1880年)、京都への御巡幸の際に宿泊された部屋には当時の高級壁紙やお箸などが大切に展示されていました。

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★゜・。。・゜゜・。。・゜☆゜・。。・゜゜・。。・゜

さて、最近、明治天皇が御下問されたという大サボテンの古絵葉書を手に入れました。

天皇と藁葺農家とウチワサボテン、全く想像できない組み合わせ? どういう関係があるのか ・・・

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 明治23年3月(1890年)、陸海軍合同大演習の総監後、乙川(現愛知県半田市)の農家庭先(関常方宅)に生えていた巨大なサボテンについて、「これは何というものか?」と百姓に尋ねられたとのこと。

「へえ これはシャシャラシャッポと言いますです」と答えられたそうです(半田商工会議所メールマガジンより)

乙川白山公園には統監記念石碑が残っているようですが、現人神も不思議と思われた大サボテン、その後、どうなったんでしょかね~・・・・・・

すると、ウチワサボテンの不自然な姿に気が付いてしまった。 なんと、写真を張り付けて、逸話を構成していたことが分かった。 

ガックリ。

こちらは本物のウチワサボテン、芽が出てきました。

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clover ご訪問どうもありがとうございました clover
 
 

祝世界認定 ”伊豆半島ジオパーク”

先ほど、伊豆半島ジオパークは世界ジオパークとして、ユネスコから認定されたとのニュースがありました。日本では9番目。
 
フィリピンプレート上の伊豆半島が本州に衝突し、それによる地殻変動や火山活動等の地形上の特異性が認められたということです。
 
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写真は一万年ほど前、富士山の溶岩流が止まったジオサイト”鮎壺の滝(別称富士見の滝”)の(一昨日の)激写です。
 
自然との交流を図る当地のボランティアガイドとして、ますます研鑽しなければと思ってます。
 
 
clover ご訪問どうもありがとうございました clover
 
 

七賢と富士山世界遺産センターへ

今朝早くから山梨銘醸(株)七賢と富士宮市の富士山世界遺産センターへの見学旅行でした。
 
名酒醸造と行在所(明治天皇ご宿泊)の有難い処と霊峰富士山なのですが、写真には表現でき難かったので、周辺だけです。
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中央高速二葉インターで、ゆるキャラ一同揃っていました(中部横断道開通一周年記念とのこと)
左から、みちまるくん、モモツピー(笛吹市)、モモンちゃん(甲州市)、やはたいぬ(甲斐市)、もーん父さん(見延町)、信玄君(甲府市)です。(左奥は甲斐駒ヶ岳)
 
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七賢で試飲したのち、ビーフシチューの昼食。甲州街道向かいの信玄餅の金精軒にて、クルミ入りをお土産に購入。
 
 
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帰路は、昨年末オープンした静岡県富士山世界遺産センターへ。 たっぷり写真や映像で富士山の歴史や自然、文化を満喫しました。
 
ということで、
今日はサボタニから離れて、地元の人たちと交流してきました。
 
 
 

鮎壺の滝と岡田紅陽

今日はマニアックな地元ネタ、それも伊豆半島ジオサイト”鮎壺の滝”と岡田紅陽氏の写真についての話題です。
 
2年ほど前、富士山ウォワーキングをされていた方と鮎壺の滝について立ち話中に、富士山写真で著名な岡田紅陽氏も、この激流越しに撮った富士山写真を見たことがあると・・・ 
 
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 それが、やっと写真集「富士山 岡田紅陽著、現代教養文庫、社会思想研究会出版部、昭和36年」のNo43”激湍”(げきたん)であると確認できました。
 
 鮎壺の滝上流からの写真は数少ないのですが、水面に近寄って激写されたと思われます。
 
下の写真は、偶々ガイド研修時(今年1月)に同一場所から撮った写真です。 マンションや牧堰橋や新井堰などが映り込んでいます(屈みこんでこの程度)。
 
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なお、ここは立ち入り禁止場所。一歩踏み外せば滝つぼへという大変危険個所です。 ご注意ください!
 
ということで、
 
60年ほど前、岡田紅陽氏が鮎壺の滝を撮っていたということを知って大変嬉しい♪
さらに、この情報を提供された富士宮の旅人に感謝しています!
 
今年も富士山周辺のウォーキングが多数企画されています。 ”はじまりは出会いに他ならない”(井上靖)ので、楽しみです。
 
 
 
 

”鮎壺の滝” 虹と絵はがき

今日は地元ネタ。 地元を理解する一環として、伊豆半島ジオサイト”鮎壺の滝”の古い資料を集めています。
 
その一つは名所をアピールする絵はがき。
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画像は100年ほど前に発行された絵はがき”(富士十勝)三島鮎壺の瀧の富士”。
 
富士絶景十選か、やはり良いな~、三島ではないけど・・・
 
なお、富士山の周りには沢山、滝はありますが、富士山が眺められる滝は、ありりそうで無く、更に別称”富士見の滝”も大変珍しいと思います。
 
 
★゜・。。・゜゜・。。・゜☆゜・。。・゜゜・。。・゜
 
ところで、 
夜間に通り過ぎた低気圧の影響でナイヤガラ状態の”鮎壺の滝”を見に出かけました。
 
17032
 
普段は流れていない左右の滝にも!
 
水煙に虹の懸け橋♪
 
なお、富士山が現れてきた昼には瀑布は細くなり、虹も消失していました。
 
 
ということで、
 
ジオガイド勉強のために、コツコツと滝の関連資料を収集し、楽しんでいます。
 
 
 

真綿に包まれた縮玉と富士山

当地の今朝は春めいた暖かさ。
 
フレーム内の温度も上がり、縮玉の蕾も続々と膨らんでいます。
 
真っ白な綿毛に育まれ気持ちよさそうです。
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★゜・。。・゜゜・。。・゜☆゜・。。・゜゜・。。・゜
 
春霞でボンヤリしている富士山は、真綿のような笠雲に覆われています。
 
こちらは警戒信号! これから天気が悪くなります。
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* 伊豆半島ジオサイト”鮎壺の滝”から、今朝の富士山。
 
ということで、
暖かいけど、まだ油断できません。


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”東海道名勝遊覧案内図”に藍壺の滝!

マニアックな地元ネタです。 
伊豆半島ジオサイト”鮎壺の滝”は地図にどう記載されていたかを検証する地味な作業を継続しています。
 
すでに、明治42年発行の”豆相遊覧案内地図”に名所として、富士見滝(一名 藍壺の滝)の記載を確認。
 
今回、大正15年発行の鳥瞰図”東海道名勝遊覧案内図”(湯河俊次、至誠堂書店発行)に、三島駅(現下土狩駅)脇に”藍壺滝”と名所表示されていました。
 
Photo
 
裏面”藍壺の瀧”の写真付き案内文には、
 
「一名富士見瀧とも称し三島駅の西方一丁富士の基底熔岩が黄瀬川の渓谷に添て三島に流れ茲に一大断壁をなした瀧は此処に出来たので東側の安城氏の別荘から眺めると数丈の大瀑布が松林と熔岩断壁の間に落下しその背面に富士の英姿を眺められる」
と記述されていいます。
 
 
2
 
何しろ、”駿河には過ぎたるものが二つあり 富士のお山に原の白隠”と言われる白隠禅師が宝暦8年(1758年)、”百千斛雪同時撒 数萬箇雷特地鳴”と詠んだ瀧。 
その雰囲気、わかります。
 
なお、三島園の後を引き継いだ安生氏の名前が出てきたことに驚く一方、白隠禅師の開基、龍沢寺が滝沢寺になっているのは、いただけない!
 
ついでに、この鳥瞰図の上半分は、「富士箱根案内図」(昭和2年、静岡県駿東郡教育会、至誠堂書店発行)と、全く同じものでした(但し、滝の裏面説明文は無し)。
 
 
ということで、
 
大正終わりから昭和の初めの鳥瞰図において、鮎壺の滝が東海道の名勝として紹介されていましたよ・・・という話題でした。
 
(長文失礼しました)
 
Photo_3
写真は、水量少ない冬の”鮎壺の滝”(2017年12月)

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