サボテンの華

  • Echinocereus rigidisimus ssp. rubispinus
    サボテンの花の写真集です。 異空間の魅力を覗いてみました。 どうぞ。

サボテンと生き物

  • ロスラーツムの花と蜂
    サボテンや多肉植物に集まってきた昆虫などの写真です。 小さなフレームですが、色々な生き物と遭遇しました。

大正天皇 富士見の滝を観る

伊豆半島ジオパーク”鮎壺の滝”に関するマミアックな地元ネタです。 それも、沼津御用邸に滞在中、東宮(大正天皇)がお出でになった時の七言絶句のこと。
 
 明治大正にかけて、このジオサイトには三島園という交流の場があり、「・・・園内には三島東宮侍講の観瀑の詩を初めその他文人雅士の詩歌多し」(沼津繁昌記、明治34年)ということなので、どういう作品か調べています。
 
ところが、三島中洲の観瀑の詩にしても、糸口掴むことできていません。 
そして、迷走して 「大正天皇漢詩集、石川忠久編著、大修館書店」に!
 
 
明治36年1月19日午後、妃と共に馬車で三島停車場(現下土狩駅)近くの富士見の滝(鮎壺の滝)にお出でになり、詠んだ漢詩(書き下し文を表示)。
    

三島駅に富士見の(たき)を観る

 

雲霧天を(おお)って 雨雪を催す

(しょうじょう)たる孤駅 行人絶ゆ

車を停めて一路林園を訪う

寒瀑衣に(そそ)いで 氷結ばんと欲す


その他、明治32年2月、七言絶句「三島驛」も掲載されていました。

 

三島宿のことと説明されていましたが、驛があるのに宿とは? また2月29日三島駅に下車し、愛鷹山へ狩猟に出かけたこと(ながいずみ歴史年表)などから、開業間もない駅(現下土狩駅)のことと、私は理解しています。

 

以上

ジオサイトの歴史・文化の掘り起こし活動の一端をご紹介しました。

 

* 鮎壺の滝に関する前回記事(白隠禅師、荊叢毒蘂)は、こちら

 

sunbook ご訪問、どうもありがとうございました(^0^)

白隠禅師の"荊叢毒蘂"を飾る!

マニアックな地元ネタになります。今朝の富士山は下の方まで白くなっていました。 
 
その富士山と並ぶ駿河の国が誇る臨済宗再興の祖・白隠禅師、晩年の著書”荊叢毒蘂、明和6年版”(ケイソウドクズイ)を入手しました。
 
何しろおよそ300年前、白隠禅師が(地元伊豆半島ジオパーク)”鮎壺の滝”を訪れた時に詠まれた漢詩が載っているのです。
 
やはり、公開情報のコピーより、虫食いの和本は本物の重みがありますね~
 
1811
 
その当時”藍壺”と呼ばれていた滝を、漢詩は予断をもって眺めたけれど、すぐ5感を研ぎ澄ませて、素直に力強さを表現しておりました。
 
ただ、賛ではなく偈頌(ゲジュ)ゆえ、悟りの境地などの宗教的内容を表現しているようですが・・・
 
ともあれ、 
 
”鮎壺の滝”は、ユネスコ世界ジオパークの1サイトなので文化・歴史面から理解を深めることに役立てればいいかなと。 来年は白隠禅師没後250年、それに少し間に合いました。
 
添付画像は本と漢詩と書き下し文を卓上用フレームにしたものです。
 
* 鮎壺の滝の前回記事は、こちら
 
sunご訪問どうもありがとうございました。

鮎壺の滝と何時呼ばれたの?

今日は、マニアックな地元ネタ。文化の日なので、先日文化祭に出品した資料の整理と、冊子作製。 何しろ、もう終わったので、ケジメとリセット。
 
伊豆半島ジオパークがユネスコ世界ジオパークに認定されてから半年になるので、 そのサイト・鮎壺の滝の歴史・文化を調査・報告したまとめになります。
 
その成果
①鮎壺の滝の歴史・文化を自己流で発掘。 白隠禅師の漢詩”藍壺”と著名書家の作品を展示できた。
 
Photo
 
②鮎壺の滝が表記されている明治・大正・昭和の地図12点や絵葉書29点等、誰もしない作業を収集・整理できたこと。
 
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③三つの滝名称(藍壺、富士見、鮎壺)の文献調査。 結局、大正三年発行の村誌に、”鮎壺の滝”と呼ばれていた記載が判ったこと。 苦労して記録を探し回ったけど、足元にあった。
 
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ということで
 
何となく、判ったつもりのことを・・・、コツコツ、足を使って・・・成果は自己満足(*^-^)
 
* リンク先は前回記事になります。
 
cloud ご訪問、どうもありがとうございました。

”古地図で巡る鮎壺の滝”

明日から始まる町民文化祭用に”古地図で巡る 鮎壺の滝”の展示を行った。
 
伊豆半島が世界ユネスコジオパークに登録されて半年になりました。
 
その登録記念に、その一サイトの歴史(滝の名称の変遷他)を、古地図や絵葉書、書籍をコツコツ調べた結果報告です。 
 
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* 中央の冊子がメインです。
 
この小さな滝が富士箱根伊豆国立公園の地図に載っていたり、江戸時代の地図に地区名や近所の小道を見つけたり、まさにタイムトラベル。
 
「駿河には過ぎたるものが二つあり、富士のお山に原の白隠」と称えられた白隠禅師が詠まれた”藍壺”の著名書家による書も展示しました。
 
住民や観光客に、地元の名勝を理解する上で、少しでもお役に立てればと。
 
book ご訪問、どうもありがとうございました。

「富士箱根伊豆案内図」に藍壺滝

マニアックな地元ネタ、郷土史です。(長文失礼します)

現在、ボランティアガイドの傍ら、、伊豆半島ジオパークの一サイト”鮎壺の滝”について、戦前の旅行案内地図には、どのように表記されていたのかを調べています。

この地域は、東海道線と豆相線の三島駅開業(明治31年)、丹那トンネル開通(昭和9年12月)、更には富士箱根国立公園化(昭和11年2月)にともなって、名勝、名物等を記載した多様な観光案内地図が発行されてきました。

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添付の「国立公園 富士箱根伊豆案内図、 湯河俊次著、昭和10年2月、観光タイムス社」も、その一つ。地元沼津の業者が発行したものです。

 

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その地図に、下土狩駅(旧三島駅)付近に”藍壺滝”が表記されていました(藍壺滝は鮎壺の滝の当時の呼称)。 当時から名勝(赤点、赤線つき)だったのだな~

 
細かく見ると、三か月前に一部廃線となった駿豆線が残っていたり、国立公園と先走って表示していたりしていますが、まあ~そんなもんです。

以上

郷土の歴史研究として戦前の地図を調べた一例です。 結論は一目瞭然、簡単明瞭。 他人には、つまらないことかもしれませんが、コツコツ探す楽しみを見つけています。

なお、今月1日、日経新聞文化欄に”旅行案内書 日本の歩き方 -明治~戦前の刊行物研究 移り変わる社会をとらえ直す 荒山正彦”の記事が掲載されていましたので、久しぶりにご紹介しました。

* 著者・湯河俊次の前回記事(鳥瞰図東海道名勝遊覧案内図)は、こちら

suncar  ご訪問、どうもありがとうございました。

鮎壺の滝のマンホールカード

今日は祝日”山の日”ですが、足元のマンホールの図案の話題。
 
長泉町は今日からマンホールカードの配布を開始しました。
 
その蓋図案(1994年設置開始)は、町の花「サツキ」、町の木「モッコク」そして伊豆半島ジオサイトの「鮎壺の滝」越しに見える「富士山}と、溶岩に自生している「松」となっています。
 
Photo
 
カードはロゴマークと”ちょうどいいが いちばんのNagaizumi"のメッセージ付き用紙に差し込まれております。
 
多くのマンホールは自動車に踏まれて、褐色変となって目立ちませんが、このカラー マンホールカードは下水道の大切さを訴える機会かな。
 
なお、町ではこの長泉ブランドシンボル発表とともに、「住宅地から歩いて100歩で天然記念物」 ”鮎壺に滝”の絵はがきを発行しております。
 
ということで、
再びマニアックな地元ネタでした。
 
* 鮎壺の滝についての前回記事は、こちら
 
 
cloud ご訪問、どうもありがとうございました。

”藍壺の滝”の絵はがき いろいろ

今日は地元ネタ、それも大変マニアックな鮎壺の滝の話題です。
 
この4月、世界ジオパークに認定されたこともあって、ここ富士山の溶岩の滝は、連日観光客が来られて・・・・・・ こんな町中に!と驚かれていきます。
 
ところで、ジオサイトは自然の景観を楽しむとともに、人々の活動の歴史を学ぶ場でもあります。
ゆえに今回は、時々紹介している「滝の絵はがき」です。
 
Photo
絵葉書は、明治後半から三島、沼津の景勝地として・・・平成になってからは、長泉町の名勝として発行されています。
 
なお、滝表示は”藍壺の滝”、”富士見の滝”、最近では”鮎壺の滝”と変遷しています。
 
Photo_2
 
画像上は、木版画作者・中野清光氏による’藍壺の滝”の絵葉書(沼津郵趣会発行)です。 沼津の文化財・名勝を広く一般に紹介する十五作品の一枚となります。
 
滝全体では無く、一条の滝と中洲の木立だけで表現しています。 そこに力強さと新鮮さを感じます。(木版画そのものは別の機会に)
 
以上、
白隠禅師が感嘆した歴史ある滝を、どう表現しているか・・・絵葉書の面からほんの少し紹介しました。
 
 
★゜・。。・゜゜・。。・゜☆゜・。。・゜゜・。。・゜
 
蛇足
この一条の滝口は、どこ?・・・・ 一番右側と判断。
 
滝口右の溶岩上では、六人の侍と百姓たちが握り飯を食らい、滝壺では菊千代(三船敏郎)が潜って鮎を捕まえている・・・”七人の侍”の映画シーンの滝口となります。
 
蛇足ついでに、この一枚。 
その光る滝とともに、上下の特異な岩を写しこみました(それゆえ高さが出てない・・・)。
 
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* リンク先は関連する前回記事です。
 
 
yacht ご訪問、どうもありがとうございました (^ ^♪
 
 

明治天皇のシャシャラシャッポ

春先、山梨の七賢(山梨銘醸)へ、日本酒醸造の様子や明治天皇の行在所(あんざいしょ)を見学しました。

明治13年6月(1880年)、京都への御巡幸の際に宿泊された部屋には当時の高級壁紙やお箸などが大切に展示されていました。

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★゜・。。・゜゜・。。・゜☆゜・。。・゜゜・。。・゜

さて、最近、明治天皇が御下問されたという大サボテンの古絵葉書を手に入れました。

天皇と藁葺農家とウチワサボテン、全く想像できない組み合わせ? どういう関係があるのか ・・・

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 明治23年3月(1890年)、陸海軍合同大演習の総監後、乙川(現愛知県半田市)の農家庭先(関常方宅)に生えていた巨大なサボテンについて、「これは何というものか?」と百姓に尋ねられたとのこと。

「へえ これはシャシャラシャッポと言いますです」と答えられたそうです(半田商工会議所メールマガジンより)

乙川白山公園には統監記念石碑が残っているようですが、現人神も不思議と思われた大サボテン、その後、どうなったんでしょかね~・・・・・・

すると、ウチワサボテンの不自然な姿に気が付いてしまった。 なんと、写真を張り付けて、逸話を構成していたことが分かった。 

ガックリ。

こちらは本物のウチワサボテン、芽が出てきました。

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clover ご訪問どうもありがとうございました clover
 
 

祝世界認定 ”伊豆半島ジオパーク”

先ほど、伊豆半島ジオパークは世界ジオパークとして、ユネスコから認定されたとのニュースがありました。日本では9番目。
 
フィリピンプレート上の伊豆半島が本州に衝突し、それによる地殻変動や火山活動等の地形上の特異性が認められたということです。
 
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写真は一万年ほど前、富士山の溶岩流が止まったジオサイト”鮎壺の滝(別称富士見の滝”)の(一昨日の)激写です。
 
自然との交流を図る当地のボランティアガイドとして、ますます研鑽しなければと思ってます。
 
 
clover ご訪問どうもありがとうございました clover
 
 

七賢と富士山世界遺産センターへ

今朝早くから山梨銘醸(株)七賢と富士宮市の富士山世界遺産センターへの見学旅行でした。
 
名酒醸造と行在所(明治天皇ご宿泊)の有難い処と霊峰富士山なのですが、写真には表現でき難かったので、周辺だけです。
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中央高速二葉インターで、ゆるキャラ一同揃っていました(中部横断道開通一周年記念とのこと)
左から、みちまるくん、モモツピー(笛吹市)、モモンちゃん(甲州市)、やはたいぬ(甲斐市)、もーん父さん(見延町)、信玄君(甲府市)です。(左奥は甲斐駒ヶ岳)
 
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七賢で試飲したのち、ビーフシチューの昼食。甲州街道向かいの信玄餅の金精軒にて、クルミ入りをお土産に購入。
 
 
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帰路は、昨年末オープンした静岡県富士山世界遺産センターへ。 たっぷり写真や映像で富士山の歴史や自然、文化を満喫しました。
 
ということで、
今日はサボタニから離れて、地元の人たちと交流してきました。
 
 
 

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