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英冠玉が咲き、韮山竹の侘寂を知る

昨日、韮山反射炉と江川邸の訪問から帰宅すると、ノトの英冠玉三輪が大きく展開していました。

蕾の膨らみに気が付いてから、二日ほど。あっという間です。

指先ぐらいの小苗は、今では柱。小さくすることも考えています。

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ところで、

韮山役所が置かれた重要文化財・江川邸は見所や余談(TV/西郷どんや篤姫)も多々ありますが・・・何といっても裏山の竹林!

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茶道を嗜む人には、羨望の”韮山竹”らしい。 千利休が秀吉の小田原征伐に同行した際、この竹の景色に侘び寂びを感じ、花入れを作った竹とのこと。

根元の自然の”ひび割れ”(内側まで達していない)の風情です。

ついで、”ザ!鉄腕!ダッシュ!!”でお馴染みの、反射炉へ。 こちらは江川英龍が築造を進めていた世界文化遺産の韮山反射炉。

写真は、裏の溶けた鉄が出てくる滝口です。

(来年あたり、外壁耐火レンガの補修・交換のため、全体が屋根付きになるようです)

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以上

猛暑の中、半日の見学でしたが、何気無い真竹の竹林に、爽やかな歴史の流れを感じました。

*英冠玉の前回記事(昨年の開花)は、こちら

☀ご訪問、ありがとうございました😃

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伊豆と丹沢の化石の話を聞く

マニアックな地元ネタになります。”伊豆半島は南から来た火山の贈り物”ということを確かめに、昨日、静岡市の「ふじのくに地球環境史ミュージアム」の講演会に出かけました。

”伊豆半島と化石、海洋発半島行の移動を探る”テーマで、三人の専門家による基礎から最新話題を、化石と発見現場写真等で紹介する貴重な内容でした。

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約1500万年前の海成地層(湯ヶ島層群)中の石灰岩は、熱帯気候のサンゴ礁でできた岩石で、アオサンゴ、マツザキサザエ等の巻貝、オウムガイ、石灰藻球、底生有孔虫などが産出されているとのこと。

500万年前、本州に衝突した丹沢にも枕状溶岩、サンゴ石灰岩、オウムガイなどが出土しているとのこと。

今迄、修善寺下白岩産の径数ミリの有孔虫化石を見たことがありますが、今回は数センチのサザエなどの巻貝。 やはりインパクト違います・・・伊豆は熱帯の海底だったと実感!

参加者には化石の石膏レプリカお土産付き。写真はマツザキサザエとギンタカハマ。

以上

(補足)このミュージアムは開館して3年。以前の学校教室を利用し、岩石、魚、虫、植物など整然と展示。下田にペリーが来航時、持ち帰ったサンマ標本で、新種と認定されたとのこと・・・そうなんだ!と勉強になること盛りだくさん。
サマーシーズンでは、お子さんとの工作、研究、お勉強する企画が多数用意されていました。

🏪ご訪問、ありがとうございました😃

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原分古墳と西一号墳の共通性

マニアックな地元ネタの古墳について。といっても世界遺産に登録間近な百舌鳥・古市古墳群ではなく、”原分古墳”・伊豆半島世界ユネスコジオパークの一ジオポイントについて。

古墳がジオパーク?   ・・・石棺が沼津市江之浦産の白色凝灰岩(伊豆石、海底火山時代の火山噴出物)で造られ、当時の地域交流が判ること、石室の天井石や閉塞石など全て(富士山からの)地元玄武岩を活用していたことがあげられると思います。

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古墳脇の説明版・採石場跡には、静岡市の賎機山古墳などの石棺も伊豆石が使われていたと。

駿河湾を横断したり、狩野川を遡上して運ぶ、あるいは総重量20トンほどの玄武岩を(人力で)運ぶ・・・当時では大変な労力! 被葬者の権勢が推測されます。

ところで

肝心の原分古墳の石棺は一部しか残存せず、代わりに下土狩西一号墳の刳抜式石棺が古墳脇に設置されています。

ただ、廃滅した下土狩西一号墳についての詳細な説明はありませんので、資料1の内容を表にまとめてみました。

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築造時期、墳丘規模、石室、石棺、釘付木棺、副葬品等の類似点により、被葬者の経済力、職掌や地域社会の役割等に共通点が見られるとのことでした。     

原分古墳の被葬者は、金銅装馬具、装飾太刀などからは畿内中枢部とかかわり、鉄製馬具、二円孔鍔付太刀、金銅製飾り弓の面では東日本ともかかわりのある人物ということのようです。

その副葬品、原分古墳は静岡県埋蔵文化財センター、西一号墳は長泉町文化財展示館で見ること可能。

最後は、原分古墳の墳丘上から富士山方面の写真。移設前の古墳位置は、線路下を通すバイパス道路の工事が進行中です。

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資料1:静岡県埋蔵文化財調査研究所調査報告 第184集、”原分古墳” 調査報告編

これから、小学生ジオ講座のお手伝いに出かけます。

☁ご訪問、ありがとうございました😃

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三島競馬場(4)観覧の写真

一昨日、日経新聞夕刊に”郷土史探って地域貢献”することは、”「個人の楽しみ」ブームに乗って脚光”されていることを紹介しておりました。

そこで、久しぶりにマニアックな地元ネタ、三島競馬場について二年ぶりの続報です。

すでに空中写真や地図に、その痕跡をご紹介してきましたが、今回は戦前に催した競馬場風景となります。

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これは小冊子「観光の三島」(三島町役場、昭和13年7月5日発行)に掲載の写真。 観覧席と観客、疾走する数頭の馬等が写っています。

コート姿から昭13年1月15~18日の競馬場風景と察します。前年10月13,14日に新設記念として開催されているので、初期の様子となります。

細かく見ると、キャディー風のご婦人は馬券売りの方かな?とか、左回りコース?とか沸々と・・・

なお、昭和22年9月25日発行の「観光の三島」の競馬場風景については、画質が悪いこと、焼失して半分になったはずの観客席がそのままのようなので、割愛しました。

ともあれ、

当時の様子をイメージできる資料はインパクトあると実感した次第です。

*三島競馬場の前回記事((3)鳥瞰図)は、こちら

*お詫び:技術稚拙故、横写真の画像添付では端が切れてしまい、縦にしています。

☁ご訪問どうもありがとうございました😃

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来宮神社の大楠を見に行きました

今日は熱海銀座で食事・散策やローズガーデンや来宮神社の見学など、研修旅行に行きました。
 
それぞれ人気スポットなんですが・・・人混みの様子や魅力の秘密、そに至る工夫を覗きに・・・
 
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これは来宮神社の大楠。 天然記念物の御神木は確かに大きく、それ自体有難いんですが・・・家族、カップル連れが多数、興味深そうに一周しています。
 
一周すると一年生き延びるということゆえかな~・・・私も何気に回りましたが。
 
私は駅前の丹那トンネルから水を集めた浄水場(ブラタモリに登場)の方に興味があったんですが、ご利益に関係ないゆえかゼロ人。
 
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街中では行列店もあったけれど、その隣は閑散。
 
通り一つにしても、混とんとして分りずらく歩きにくかった・・・
 
ということで、玉がたくさん有り過ぎて、まだまだ工夫・発展の余地・・・・・・小文字のv字回復かな(辛口評価)
 
 ご訪問どうもありがとうございました。
 
 
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国土地理院地形図上の”鮎壺の滝”表記について

伊豆半島ユネスコ世界ジオパークの一サイト"鮎壺の滝”についての、マニアックな地元ネタです。

 

この滝は地図にどのように表記されていたかを、種々の資料を探して調査しています。

 

昭和30年頃までの表記名は”藍壺の滝”あるいは”富士見の滝”となっていましたが、今回はその以降になります。

 

Photo

 

 

 

添付、昭和46年9月30日(1971年)発行の2.5万地形図・三島(国土地理院発行)にて、初めて”鮎壺の滝”表記がなされてきました。 以後、継続表記。

 

前版(昭和33年発行)も含めて無表記であったので、やっと”鮎壺の滝”として認知されたという事かも・・・

 

なお、呼び方は未だに混在しています・・・・・・地元年配の方々は”鮎壺”を”あいつぼ”と呼んで(読んで)います。(役所のフリガナは、”アユツボ”なんですが)

 

以上

 

今迄、身近な滝の表記変遷を書籍や地図で調べてきましたが、これで一区切りできました。

 

* 地図上の鮎壺の滝についての前回記事(富士箱根国立公園、昭和27年)は、こちら

 

 

 

ご訪問どうもありがとうございました (^o^)

 

 

 

 

 

 

 

 

”富士見滝””と”藍壺ノ滝”が併記された地図上の鮎壺の滝

今日は”富士山の日”。 そこで、久しぶりに地元ネタです。

 

 

 

ユネスコ世界ジオパーク認定から、そろそろ一年となる伊豆半島ジオパークの一サイト、”鮎壺の滝”の話題となります。

 

 

 

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今回の資料は、昭和27年発行の「改訂版 富士箱根国立公園 観光地図」(松本安雄、日本観光文化協会)。

 

 

 

地図には現”鮎壺の滝”は”富士見滝”と”藍壺ノ滝”と併記されていました(左上山裾に黒字表記)。

 

 

 

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昭和30年頃、地図に併記されるほど両呼称が地域に馴染んでいたことが伺えました。

 

なお、現名称も当時呼ばれていたようですがマイナー。未だ地図には登場してきません。

 

昭和40年頃の地図を確認してみよう!

 

 

 

ということで

 

 

少しずつ鮎壺の滝の歴史・文化的側面を肉付けしております。マニアックすぎますが・・・

 

 

 

*鮎壺の滝の呼称についての前回記事は、こちら

 

 

 

ご訪問どうもありがとうございました(^o^)

 

 

”鮎壺の滝”傍にヒメツルソバ

伊豆半島ジオパーク”鮎壺の滝”の植生について、マニアックな地元ネタです。

 

 

江戸初期から滝口上流より取水している本宿用水では、初秋からボンボン形の紅白の花が満開になっています!

 

 

 

コンクリート壁一杯です。

 

 

 

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*本宿用水、初秋の様子

 

 

 

”ヒメツルソバ”(Polygonum capitatum)というタデ科の常緑多年草で、矢印模様の葉が特徴的です。

 

 

 

 

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滝の断崖壁にも”ヒメツルソバ”のホフク茎が垂れ下がっていました! 

 

 

 

実はこの雑草の名前を、初めて知って、所在を認識したという次第(^-^;

 

 

 

まことに、・・・

 

 

 

ということで、

 

 

”亀鶴姫”伝説の”鮎壺の滝”傍に”ヒメツルソバ”!でした。

 

 

 

蛇足。”カメツルソバ”?とか、”ツルヒメソバ”、"ソバツルヒメ”?とかにならないようにしなければ・・・

 

 

 

 ご訪問どうもありがとうございました(^o^)

 

 

 

 

 

 

 

明治期の名勝”鮎壺の滝”と煙雨樓主人

伊豆半島ジオパークの一サイト”鮎壺の滝”についての、マニアックな地元ネタ、歴史・文化的側面の掘り起こしを行っています。

 

 

 

 最近、古びた絵葉書「(沼津名勝)煙雨先生碑」を入手しましたのでその話題。

 

 

 

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明治22年、東海道線・沼津駅開業とともに、首都圏から人の往来が活発となり、案内書が発行されてきました。 

 

 

最初の案内書は「沼津雑誌」(明治16年(1883年)、岩城魁編、出版人・間宮喜十郎)。名勝‣古積欄に、鮎壺の滝は”藍壺譚”として紹介されました。

 

 

 

 

 

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*国立国会デジタル図書館より

 

 

 

次いで、読み易い文体で「沼津案内」(明治24年、煙雨樓主人編、出版者・間宮喜十郎)が発刊。 

 

 

 

ここでは 「”藍壺の瀑布” 東北半里黄瀬川の上流にあり瀑布の落ちるところ極めて深く藍を壺中に貯へたるの観あり是れ此の名の起こる所以なり」と記述されています。

 

 

これら案内書に係わってきた間宮喜十郎氏が煙雨先生(煙雨樓主人)ということです。

 

 

 

絵葉書の顕彰碑(明治44年建立)には、明治初期の沼津の教育・文化に貢献されたことが刻まれています。10数年前、千本浜公園を訪れた際、3,4メートルある石碑の写真を撮り、明治は遠いな~と思ったことがありました。

 

 

 

 

この機会に再び訪れた公園内の案内板には、井上靖文学碑、若山牧水歌碑等8つの碑を巡る表記が有りましたが、この顕彰碑は無視され続け、松林の中でヒッソリ。

 

 

 

だけど、私には、やっと観光という面で繋がりが出てきたということです。

 

 

 

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沼津千本浜公園。 左側が駿河湾、右は松林。 向こうに富士山(このアングルでは見えませんでした)

 

 

 

 

以上

 

駿河湾と千本松原、富士山という広々とした空間のなかで、狭苦しい話題で恐縮。

 

 

 

* 鮎壺の滝に関する前回記事(魚のこと)は、こちら

 

 

 

 

ご訪問どうもありがとうございました(^o~)

 

 

 

 

 

 


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吊るし雲、光の道など盛りだくさん 

今朝、東伊豆海岸から巨大な吊るし雲が見えました。
 
写真は、伊豆大島南側から昇る朝日の”光の道”、定置網の漁船、そして巨大な吊るし雲です。
 
富士山では荒天前に出てきますが、海上はスケール大きいですね~
 
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ということで
 
余りに見事だったので・・・スケール大きすぎて納まりませんでした(^-^;
 
ご訪問どうもありがとうございました(^0^)


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