境川の自然・歴史散歩
戦前の名所絵葉書”境川の逆さ富士”の場所を探しに、静岡県三島市と清水町の境界、一級河川・境川を下りながらワーキングしました。
出発点は三島駅南口を西に歩いて伊豆箱根鉄道の八間踏切。
マンションや鉄道などで、コンクリートで固められてますが、ここは暗渠から地上に出てくるところ(写真1)。 「源頼朝が建久6年(1195年)、奈良東大寺大仏供養の帰路、黄瀬川宿で訴訟をきき、この川を伊豆と駿河を分ける境川とした」と表示板。
この排水溝みたいな場所と歴史のギャップも散歩のきっかけ。
近くの境橋からは幅1m、深さ2mの小川となり、住居の庇の下をくねくねしながら、大きな道路に出た所が新宿。近くには地方神社(2500歩)。
この辺りから水量が増加、しかも清流、梅花藻の白い花も見える。、更に下って旧道に出くわし境川橋。千貫樋という樋が上を通っている(2800歩、写真2、現在はコンクリート製)。説明版によると「天文24年(1555年)、今川、武田、北條家の和睦が成立した時、北條氏康から今川氏真にむこ引出物として築かれた」とのこと。
近くの秋葉神社(寛永3年)、庚申堂と下ると突然林の中へ、清佳緑地(朝比奈トンボの里)。富士山からの湧き水が吹き出ている(4000歩、写真3)。かわせみなどもいるようだ。そばには養魚場、ルアーフィッシング場。
少し回り込むと農業用水ため池、丸池(玉川池、5200歩)。ここが逆さ富士の名所として、古絵葉書に登場したポイントのようだ。
池の脇には句碑、「朝夕に見馴れて高し富士の山 他石」、今も桜並木越しの富士山の撮影ポイントとのこと(写真4)。今日は曇り空のため見えません。
ここから湧水を集めて境川は一旦大きな川幅となる(写真5)。このまま下って国道1号線へ。約7千歩、今回はここまで。
富士の湧水は宝であり、それを集めた小川でも歴史が有り、史跡、寺院が集まっていることがよく判りました。
*画像はクリックすると拡大します。
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