三島園と藍壺の瀧
地元の古い観光案内を読んで、見知らぬ呼称に気が付いたことのメモ。
国立国会図書館デジタルコレクションの”沼津之栞(明治41年、平山岩太郎編 蘭契社)”には、「◎三島園 三島驛真向一町ばかり緑の森の中に三島園というがある、夏の遊覧には屈強の場所だ、・・・」の記述。 それ以外は現在の鮎壺の滝付近の一般的な説明で、滝は藍壺の瀑布(あひつぼのたき)と表現していた。
裾野の佐野瀑園ほどではないにしろ、現在の下土狩駅近くの鮎壺の滝付近一帯は、村民が集う場所であったような記述です。今の鮎壺公園と鮎壺広場の原型かもしれない。
添付”沼津町及近郊略図”の中央、三島驛傍に三島園と記載されていることに注目。
これが、大正5年版になると、単に藍壺滝というピンポイントの説明となっています。大正3年当地に実業家安生慶三郎氏が居を構えたことと関係があるのかもしれない。
さらに、遡って明治28年の”沼津案内(間宮徹太郎、蘭契社)”では、藍壺の瀑布の説明のみとなっていました。
これらのことから、三島園とは明治後半の一時の名称であったようです。
ともあれ、伊豆半島ジオポイント・鮎壺の滝一帯は明治時代からの名勝であるということが自分なりに裏付けられた。
<追記> 明治41年頃の絵葉書にも、「三島園 藍壺の瀧」と表記されていた。
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