サボテンの華

  • Lobivia aurea v shaferi R151
    サボテンの花や棘などの写真集です。 異空間の魅力を覗いてみました。 どうぞ。

サボテンと生き物

  • 蟻とタヨペンシスの花
    サボテンや多肉植物に集まってきた昆虫などの写真です。 小さなフレームですが、色々な生き物と遭遇しました。

沼津公園内の市営水族館のこと

マニアックな地元ネタです。なお、沼津港深海水族館のことではありません。

古いい沼津市商工観光課発行、市内名所旧蹟のパンフレット「沼津」に記載されていた市営水族館のことです。

Photo_20220514200801

この水族館については情報が少ないため、建物入口写真を貼付しました。

Photo_20220514200802

説明文によると、数十種類の魚や大海亀が六角水槽やレクレーションプール内で遊泳していたようです。展望台、プール、児童遊戯施設等も設備されていたとのこと。

入場料小人10円、大人20円・・・懐かしいな~

ところで、この水族館については情報少なく、この冊子は一体いつ頃の発行されたんだろうか・・・

民衆駅の沼津新駅舎は昭和28年3月竣工、市公会堂の竣工は昭和28年7月、市立病院新築は昭和30年7月、名所”藍壺の滝”(現在は鮎壺の滝)の中州、松の樹冠は昭和30年頃の絵葉書(新三島八景 藍壺の滝)と合致。

Photo_20220514200803

さらに、同じ発行所の冊子”ぬまづ”(昭和29年3月印刷)とほぼ同じ表現で名所を説明しており、その近い頃に発行されたものと推察しました。

ということで、

地元名所の昭和レトロの姿の紹介でした。

*各リンク先は、関連するブログ記事です

*画像はクリックで拡大します。

*ご訪問ありがとうございました。

愛鷹水神社の滝行人物

伊豆半島ジオパークの一ジオサイト、愛鷹水神社(日蓮宗愛鷹協会)の100年前発行されたの古絵葉書(1918~1933)のこと。

ここ水神社は八大龍王(龍神)を纏り、日龍上人により明治36年に建立。海洋渡航者や漁師などの信仰を集めております。当地最強のパワースポットと言われるところです。

そこの古絵葉書、8枚組(本堂、桃澤水神、桃澤水神潜龍橋等)の一枚(桃澤大瀧男瀧女瀧)で滝行をしている人物がおりました。

Photo_20220205210801

顔立ちや年齢も合うことから、法華経を念ずる日龍上人(昭和37年没、100歳)の姿と推測。

潜龍橋も木橋であり、これらは貴重な歴史資料と思います。

なお、桃澤(桃沢)川は黄瀬川と合流し、鮎壺の滝へと流れていきます。

*愛鷹水神社の前回記事(丹那トンネル開通記念、地図、昭和9年)については、こちら

*日龍上人については、日蓮宗愛鷹協会HPを参照ください。

*画像はクリックで拡大します。

*ご訪問ありがとうございました。

絵はがき・富士十勝の”鮎壺の瀧”

地域の歴史研究、マニアックな話題です。伊豆半島ジオパーク”鮎壺の滝”の古絵はがきについて。

鮎壺の滝は、”富士見の滝”と呼称されるくらい、ここから望む富士山は絶景なんです。

Photo_20211003095001

貼付、古絵はがき(1/3罫線)のタイトルは、これを裏付ける”(富士十勝)東海道三島驛鮎壺の瀧より見たる富士”。

さらに、”富士裾野演習記念 近衛歩兵第四連隊 大正五年六月”の記念印も!

以前、同構図の絵葉書(1/2罫線)を入手していたんですが、大正8年以降に発行されたコピー版ということが分かりました。

なお大正5年ごろは、滝を望むこの場所は遊興施設”三島園”から実業家・安生慶三郎氏管理に移っております。

他の”富士十勝”は、”東海道薩陀峠隧道より見たる富士”、甲州御林より見たる富士”、”大宮より見たる富士”、”甲州山中湖畔より見たる富士”、東海道足柄山より見たる富士”、”東海道田子の浦より見たる富士”、”東海道富士川より見たる富士”、”東海道吉原より見たる富士”、”東海道岩松村より見たる富士”となっていました。

ということで

東海道三島驛(現御殿場線下土狩駅)も記載されており、100年前の当地の雰囲気を感じさせる一枚でした。

* 同構図の絵葉書に関する話題と虹の架け橋(3年前)は、こちら

*画像はクリックで拡大します。

*ご訪問ありがとうございました。

 

”鮎壺の滝”で、矢穴とイソシギ

伊豆半島ジオパーク”鮎壺の滝”について、今回は滝上の様子、マニアックな話題です。

滝上には新井堰が設けられ、黄瀬川から取水した灌漑用水を、近くの隧道を通して下流の本宿耕地に流しております(1603年以降)。

Photo_20210722131901

写真は今月の大雨から20日目、水嵩も幾分下がってきた今日の様子。壊れた堰は土嚢で応急処置されました。

流された擁壁も写っていますが・・・個人的には下段の岩(黄丸)に前から気になっていました。

2_20210722131302

水にぬれて分りにくいのですが、この岩には矢穴が、砕こうとして諦めた跡があります。

下流から眺めると、更にハッキリ。

2_20210722131201

そして、幸運にも留鳥イソシギが一瞬飛来してきました

ということで、ジオと野鳥の貴重な一枚となりました。

*矢穴のある滝壺の岩は、こちら(ここでは、矢穴とオオバンです)。

*画像はクリックで拡大します。

*ご訪問ありがとうございました。

”鮎壺の滝” 直下の露岩に矢跡

伊豆半島ジオパークの”鮎壺の滝”についてのマニアックな地元ネタです

偶々、滝壺の急流を横切る水鳥オオバンの姿を撮ることができました

2104_20210408094301

水面を駆けた一瞬です・・・写真を眺めると? 

岩に人工的な矢跡が写っていました!・・・ 石を切り出そうとしていたんです!

いつ頃かな~ ロマンの古墳時代から産業の昭和まで、あれやこれやと推測しました。

ノミで掘った穴に矢を差し込んで亀裂を広げた(”矢穴技術”)痕跡でしたので、ロマンは流れました。

それにしても、水中の岩をなぜ・・・水が枯れた江戸時代かな~ 

ということで、自然そのものと思われていた滝に人手の跡をみつけ、そして新たな課題が残りました

さて、昨日の滝では、TVドラマ?撮影が行われていました。定番撮影スポットから一枚 

2104_20210408094101

矢穴のある岩(黒丸)も、小さく写っています

*画像はクリックで拡大します

*ご訪問ありがとうございました

 

牧堰橋の歴史秘話

  マニアックな地元ネタです。伊豆半島ジオサイト・鮎壺の滝の上流、沼津市大岡と長泉町を結ぶ、黄瀬川に架かる牧堰橋の一口秘話。

  • 話1.名称の元となった上流の牧堰築堰を1602年(慶長7)に命じた沼津藩主大久保忠佐は、天下のご意見番・彦左衛門の兄(牧堰・門池用水 沼津市明治資料館より)。
  • 秘話2. 江戸時代、橋は無く、牧堰矼(コウ)であった。「下土狩より小林に至る経路の飛石なり(駿河史料、文久元年(1861)より)」。露出している富士山溶岩伝いに通行していたということ。
  • 秘話3.牧堰橋の呼称は?   牧堰は、まきぜき(濁点あり)。それでは、まきせぎばし?まきせきばし? まきせきはし?・・・橋名板(沼津側左)には、まきせきはし。 濁りの無い川を願っています。
  • 秘話4.橋のどちらが出入り口?  橋名板が漢字で記名されている長泉側が入口(起点)。昭和59年3月架替。

2007_20200706111302

  • 秘話5 昭和37年代頃の基台が、三島市・宮さん川沿いの某店舗に保存(引取)されている。 ”ながいづみ 町勢要覧”(昭和37年、1962)の写真に基台(高さ1.5m,巾1m)が写っているものと同じ。銘板(後年複製)には、「牧堰橋 大正5年三月 池上 鈴木理吉」と記載されている。

S_20200706114801

  • 秘話6.これは牧堰橋の古い写真。この絵葉書(沼津名勝 黄瀬川ノ上流ヨリ望メル富士、明治40.4~大正7.3, 沼津大門堂発行)では、欄干の無い木橋であった。

S_20200705100801

以上

現在、氾濫危険個所でもあった長泉側上流に溜まった土砂・雑木の撤去作業が終了した。 また、下流堤防沿いの進桜進電機の移転が決まり、いよいよ付近の公園化が進行します。(写真は、今週の鮎壺の滝)

2007_20200706111301

* 画像はクリックで拡大します。

☁ご訪問、どうもありがとうございました😃

にほんブログ村 花・園芸ブログ 多肉植物へ にほんブログ村 花・園芸ブログ サボテンへ
にほんブログ村へ

 

江戸時代の”鮎壺の滝” (2)

伊豆半島ジオサイト”鮎壺の滝”の呼称について、マニアックな地元ネタです。

現在、鮎壺(AYUTUBO)と呼ばれている滝の江戸時代の呼称について調べました。

①藍壺の瀧について:享保20年(1735年)白隠禅師は、滝壺の藍色から”藍壺”の偈頌(ゲジュ)を詠んでいる(「荊叢毒蘂」)。

②鮎壷の地名について:滝傍の石造物に、鮎壷邨の地名が刻まれている(享和二(1802)年)。

③鮎壺の滝について:「駿河志料(文久元(1861)年、新宮高平著、橋本博校訂、歴史図書社1969年)」、藍壺瀑布の項に鮎壺の由来が記述されていた。

そこには「藍壺瀑布:村の西、藍壺新田にあり、足柄古道黄瀬川の上流にして・・・此川筋下流は鮎多し、・・・此瀧壺より上に登り得ず、故に鮎壺と云うなるべし」。 藍壺地区とか、鮎が群集するので鮎壺とも呼ばれていたと記述されていました!

友釣り発祥の地ともいわれる狩野川の支流ゆえ、当然遡上し、群集する鮎の姿が印象的であったのだろう。

ということで、古くから滝壺の藍とか鮎からそう呼ばれていたことが確認できました。

それが、明治になると藍壺の滝とか富士見の滝と呼ばれだし、鮎壺の滝は大正のころから再び登場し、昭和30年代には定着したという変遷を確認しました(書籍、地図、絵はがきなど)。

なお、富士山は変わらず眺められますが、環境変化に伴って藍色や鮎も見られなくなってしまったのは残念です。

(参考までに)

Photo_20200316120701  

* リンク先は、関連する記事になります。

☀ ご訪問どうもありがとうございました😃


 

江戸時代の”鮎壺の滝”(1)

伊豆半島ジオサイト”鮎壺の滝”に関連したマニアックな地元ネタです。

周辺を散歩していて、鮎壺という地区名が刻まれた220年前の石造物を確認しました。

2003-cocolog_20200314122401

そこは鮎壺の滝上、本宿用水隧道入口の傍、「万霊塔」の銘文に”鮎壷”の文字!

「享和二太歳壬戌・・・三月鮎壷邨中」。1802年のことです!

観光客も通る道沿いの銘文が、身近に確認できる一番古いものでした!

なお、右の自然石(溶岩)から削り出された道祖神は、伊豆半島に特徴的な”伊豆型道祖神”です。

2003-cocolog_20200314122501

写真は暖冬の影響か?水量が多い、令和二年の鮎壺の滝。

ということで

すべての霊を供養する目的で万霊塔をたてられた村人に、一礼。

☔ ご訪問どうもありがとうございました😃


 

 

 

”冨士山北口全図”の富士見の滝

マニアックな地元ネタです。私は伊豆半島ジオパークの一サイト、”鮎壺の滝”の古い記録(本、写真、絵はがき、地図など)の掘り起こし作業を継続しています。

今回、明治34年7月10日(1901年)発行の古地図「富士山北口全図、中村月嶺著」に、鮎壺の滝の別称”冨士見ノ瀧”が名所旧跡として表示されていることを確認しました。私の知る限り一番古い(最初)地図となります。

この時代は、東海道線三島駅の開設, 伊豆方面への豆相鉄道(現伊豆箱根鉄道)の開業(明治31年6月)、旅行案内書「沼津繁昌記・沼津の華」(明治34年10月発行)も出版され、首都圏からの観光が活発になってきた頃です。

2001_20200130193401

添付画像は全図中の参考図 ”富士山里程略図”、赤丸部分が”冨士見ノ瀧”(クリックで少し大きくなります)。 

東京から富士山頂上への里程案内に、佐野ノ瀧(現五竜の滝)や白糸瀧とともに図示されていたことは、地元民として嬉しいものです。

その他、鉄道馬車とか富士八湖(現在の五湖と明見湖、志比礼湖、泉瑞)など120年前の時代背景を知る楽しみも、多々ありました。

以上

地元名勝の、人との関りの歴史を知る貴重な資料となりました。

* 鮎壺の滝の前回記事(絵葉書)は、こちら

⛳ ご訪問、どうもありがとうございました😃

にほんブログ村 花・園芸ブログ 多肉植物へ にほんブログ村 花・園芸ブログ サボテンへ
にほんブログ村へ

国土地理院地形図上の”鮎壺の滝”表記について

伊豆半島ユネスコ世界ジオパークの一サイト"鮎壺の滝”についての、マニアックな地元ネタです。

 

この滝は地図にどのように表記されていたかを、種々の資料を探して調査しています。

 

昭和30年頃までの表記名は”藍壺の滝”あるいは”富士見の滝”となっていましたが、今回はその以降になります。

 

Photo

 

添付、昭和46年9月30日(1971年)発行の2.5万地形図・三島(国土地理院発行)にて、初めて”鮎壺の滝”表記がなされてきました。 以後、継続表記。

前版(昭和33年発行)も含めて無表記であったので、やっと”鮎壺の滝”として認知されたという事かも・・・

 

なお、呼び方は未だに混在しています・・・・・・地元年配の方々は”鮎壺”を”あいつぼ”と呼んで(読んで)います。(役所のフリガナは、”アユツボ”なんですが)

 

以上

今迄、身近な滝の表記変遷を書籍や地図で調べてきましたが、これで一区切りできました。

* 地図上の鮎壺の滝についての前回記事(富士箱根国立公園、昭和27年)は、こちら

ご訪問どうもありがとうございました (^o^)

2022年5月
1 2 3 4 5 6 7
8 9 10 11 12 13 14
15 16 17 18 19 20 21
22 23 24 25 26 27 28
29 30 31        

サボテンの切手帳

  • Opuntia basilaris
    サボテン切手の一覧です。No reproduction or republication without written permission.

多肉植物の切手帳

  • Adansonia digitata 2004
    多肉植物切手の一覧です。No reproduction or republication without written permission.
無料ブログはココログ