サボテンの華

  • Lobivia aurea v shaferi R151
    サボテンの花や棘などの写真集です。 異空間の魅力を覗いてみました。 どうぞ。

サボテンと生き物

  • 蟻とタヨペンシスの花
    サボテンや多肉植物に集まってきた昆虫などの写真です。 小さなフレームですが、色々な生き物と遭遇しました。

牧堰橋の歴史秘話2

伊豆半島ジオパーク”鮎壺の滝”、そして世界かんがい遺産”本宿用水”の新井堰傍の牧堰橋(1984年・昭和59年完工)は、現在、橋中央部の橋脚の補強工事が進行中です。

2403_20240327171001

前回の牧堰橋の歴史秘話では、欄干のない木橋を紹介しましたので、その続編になります。

昨日、大正時代(1923年頃)の”鮎壺の滝”の絵葉書を紹介しました。そこに写っていた牧堰橋部分を拡大したのが下の写真。

その当時、橋脚や欄干などは全て木製であったことが判りました。

240312

さらに、昭和45年(1970年)の橋では、コンクリート製で、幾脚の橋脚で成り立っていました。

2403197045

ということで、交通の要所、黄瀬川に架かる牧堰橋の姿の変遷を紹介しました。

*前報の牧堰橋の歴史秘話(2020年7月)は、こちら

*画像はクリックで拡大します。

*ご訪問ありがとうございました。

三楽巣からの鮎壺の滝

伊豆半島ジオパーク”鮎壺の滝”の絵葉書から見た歴史研究(郷土の偉人)の報告です。

貼付絵葉書タイトルは「三楽巣ヨリ富岳及び鮎壷ノ眺望」(三島驛鮎壷、蘭契社発行)で、元陸軍大将・井口省吾氏(安政2-大正14年)から投函された大正13年3月16日付実逓便です。

13

この絵葉書は井口邸の庭から撮られた眺望です。なお前年、徳富蘇峰氏宛にも同じ絵葉書が投函されていたことがわかりました*1。

撮影場所は、現在の”鮎壺の架け橋”下流で、中州の松林や木橋の牧堰橋の様子が一望され様子から、黄瀬川が南西方向に蛇行した付近と推察。

・・・100年後の現在、その付近はマンションや宅地造成で面影はないわけですが・・・20年ほど前まで残っていた、瀟洒な2階建ての木造建屋(水明荘)かも知れない。

なお調査中、井口氏は当時、地区の”長泉乃木講”を主催しており、同時期在住していた実業家・安生慶三郎氏も顧問として協同していたことも判りました*2。

*1「坂の上の雲」の群像展(平成23年1月5日~11月30日、徳富蘇峰記念館目録より。

*2「長泉村之各種 郷土の研究」、長泉尋常高等小学校より

*鮎壺の滝の絵葉書、安生慶三郎氏に関する前回記事は、こちら

*画像はクリックで拡大します。

*ご訪問ありがとうございました。

迎春 イソシギと矢穴石

今年もよろしくお願いいたします。

正月も毎朝の散歩は欠かせません。今朝、イソシギが滝壺の石で餌を漁っていました。

2401

写真は矢穴のある石(石材として利用しようとして途中であきらめた矢穴跡)とのツーショット。

ということで、今朝の珍しい自然風景です。

*他の矢穴石とイソシギの姿(2021年7月)は、こちら

*画像はクリックで拡大します。

*ご訪問ありがとうございました。

鮎壺の滝の矢穴石

伊豆半島ジオパークの一サイト”鮎壺の滝”の岩のこと。

先日、河原に降りる用事があり、下から滝や周囲を眺める機会を得た。

その際、アオサギが休んでいる岩、コツゴツして、水に浸食されていない大岩の裏(北面)を回ると・・・

2306_20230601163201

稠密な断面に整然とした矢穴の列を発見! 

岩を剥ぎ取り、さらに切り出そうとして、中断した痕のようです。

2306

岩の南面は一昨年の大雨の前までは、ヒャクナゲが根を張っていて、周囲の玄武岩とは違う雰囲気を漂わせていたため、注目していました。

矢穴が残る岩はこれで三か所目。今回は岩の運搬口の傍でもあるようだし、最近まで作業していたような生々しさでした。

以上

鮎壺の滝には、自然景観だけではなく、地域の産業、歴史を刻んだ矢穴もあるよという報告です。

*1,2か所目の、オオバンと矢穴石は、こちら。イソシギと矢穴石は、こちら

*画像はクリックで拡大します。

*ご訪問ありがとうございました。

カステラ”亀鶴姫”を購入

伊豆半島ジオパーク”鮎壺の滝”には伝説”亀鶴観音”があるので、沼津市大岡の潮音寺の石碑”亀鶴観世音菩薩碑”を見に出かけた。

傍の老舗和菓子店”光来堂”にも立ち寄り、バターカステラ”亀鶴姫”を記念に購入した。

2305_20230521173401

その際、会長ご夫妻から沼津~三島間の軌道線・チンチン電車のこと、店前の黄瀬川停車場や長沢車庫などのお話を楽しくお聞きできました。

次の和菓子の日には、チンチン電車の写真を持参し、”源氏双柿”かな。

以上

<追記>

後日、黄瀬川停車場の写真を渡しに行きました。確認を受けた所、この家!、この車!ということで大変喜ばれました。

*画像はクリックで拡大します。

*ご訪問ありがとうございました。

牧堰上下流部でカジカガエルの鳴き声を聴く

二年前の豪雨により破壊された黄瀬川堤防工事も完了し、取り付け道路の撤収のみとなってきました。

これで住民の安全は確保されたし、野鳥もまた戻ってくるのではないかな。

2305_20230506142501

さて、堤防の遊歩道を散歩していると、偶に川の方からコロコロと涼しげな鳴き声が聞こえてきます。

カジカガエルの鳴き声、そのものであった。清流のカエルがここに・・・、嬉しくなった。

そこで、思い出したのが、「沼津雑誌、岩城魁編 明治16年6月発行」, 藍壺潭(あいつぼたん)の次、牧堰の項に”・・・堰中渓蛙多。春夏交。貼水石而鳴。其音琅々有餘響。・・・邦人指渓蛙為河鹿。・・・”。

昔から河鹿蛙が沢山住みついていることで知られていたようだ。

聞こえてきた場所は、”鮎壺の滝”の上流部で、牧堰を挟んだ上下流域。

なるほどねと、ガッテンしました。

*鳴き声を録音しましたが、アップできず残念。

<追記> 百年前の案内書では、鮎壺の滝での河鹿について記述されていた。

「沼津案内 附三島附近名勝、清水正修著、蘭契社 大正八年」の”藍壺の瀧”の項には「・・・特に夏期には河鹿が鳴き。秋には紅葉が照り栄えて、幽邃閑雅である」と記述されていました。

ということは、滝傍・三島園で旦那衆は酒を嗜み、富士を眺め、カジカの鳴き声を聴く・・・絵になります。

*画像はクリックで拡大します。

*ご訪問ありがとうございました。

”鮎壺の滝”でハートを探し、縁を結ぶ

伊豆半島ジオパークの”鮎壺の滝”についてのマニアックな話題。

この鮎壺の発音は?・・・ジオパーク案内板ではAYUTUBO。一方、古くから地元ではAITUBO。

藍色の滝壺ゆえ”藍壺”、次いで鮎が群集しているので”鮎壺”表記が混在してます。

さて、当て字”愛壺”はあるのかな? 遊びでハートマークも探してみました。

書籍では「沼津繁昌記」(明治34年発行)中の写真タイトル”三嶋園愛壺の瀧より富士山を望む”の1点のみ。

ハートマークでは?

春の遊歩道斜面で、小さな雑草タチイヌノフグリの果実。

2304jpg

小さなハート、ほんのり色づいています。

冬の時期に訪れた時は、川沿いの雑木”アカメガシワ”の葉痕。

2304_20230424205401

この場所で縁を育てたいなら、縁結びの木”エノキ”を探し、祈ってみたらどうですか(二本自生してます)。

以上

*画像はクリックで拡大します。

*ご訪問ありがとうございました。

公園工事で防空壕現れた

マニアックな地元ネタ。現在、伊豆半島ジオパーク”鮎壺の滝”は、遊歩道や旧軽自動車車検場跡地等を整備中です(完工は令和6年4月)。

車検場跡地ではソメイヨシノ古木があった雑木林も、スッキリ整地されました。

偶々その工事の様子を眺めていたら、河岸段丘斜面にあったと伝えられいた防空壕が現れました(今年8月)。

2211_20221129130901

戦後、入り口を塞いだ鉄板や土嚢などが確認できました。

数十年ぶりに露になった入口、壊すのは簡単だと思うけど・・・

昭和20年7月沼津大空襲に際して、近くの三島競馬場などが全焼する被害があったこともあり、戦争遺産として埋め戻してもらうようお願いした。

*三島競馬場に関する記事は、こちら

*画像はクリックで拡大します。

*ご訪問ありがとうございました。

沼津公園内の市営水族館のこと

マニアックな地元ネタです。なお、沼津港深海水族館のことではありません。

古いい沼津市商工観光課発行、市内名所旧蹟のパンフレット「沼津」に記載されていた市営水族館のことです。

Photo_20220514200801

この水族館については情報が少ないため、建物入口写真を貼付しました。

Photo_20220514200802

説明文によると、数十種類の魚や大海亀が六角水槽やレクレーションプール内で遊泳していたようです。展望台、プール、児童遊戯施設等も設備されていたとのこと。

入場料小人10円、大人20円・・・懐かしいな~

ところで、この水族館については情報少なく、この冊子は一体いつ頃の発行されたんだろうか・・・

民衆駅の沼津新駅舎は昭和28年3月竣工、市公会堂の竣工は昭和28年7月、市立病院新築は昭和30年7月、名所”藍壺の滝”(現在は鮎壺の滝)の中州、松の樹冠は昭和30年頃の絵葉書(新三島八景 藍壺の滝)と合致。

Photo_20220514200803

さらに、同じ発行所の冊子”ぬまづ”(昭和29年3月印刷)とほぼ同じ表現で名所を説明しており、その近い頃に発行されたものと推察しました。

ということで、

地元名所の昭和レトロの姿の紹介でした。

*各リンク先は、関連するブログ記事です

*画像はクリックで拡大します。

*ご訪問ありがとうございました。

愛鷹水神社の滝行人物

伊豆半島ジオパークの一ジオサイト、愛鷹水神社(日蓮宗愛鷹協会)の100年前発行されたの古絵葉書(1918~1933)のこと。

ここ水神社は八大龍王(龍神)を纏り、日龍上人により明治36年に建立。海洋渡航者や漁師などの信仰を集めております。当地最強のパワースポットと言われるところです。

そこの古絵葉書、8枚組(本堂、桃澤水神、桃澤水神潜龍橋等)の一枚(桃澤大瀧男瀧女瀧)で滝行をしている人物がおりました。

Photo_20220205210801

顔立ちや年齢も合うことから、法華経を念ずる日龍上人(昭和37年没、100歳)の姿と推測。

潜龍橋も木橋であり、これらは貴重な歴史資料と思います。

なお、桃澤(桃沢)川は黄瀬川と合流し、鮎壺の滝へと流れていきます。

*愛鷹水神社の前回記事(丹那トンネル開通記念、地図、昭和9年)については、こちら

*日龍上人については、日蓮宗愛鷹協会HPを参照ください。

*画像はクリックで拡大します。

*ご訪問ありがとうございました。

2024年4月
  1 2 3 4 5 6
7 8 9 10 11 12 13
14 15 16 17 18 19 20
21 22 23 24 25 26 27
28 29 30        

サボテンの切手帳

  • Opuntia basilaris
    サボテン切手の一覧です。No reproduction or republication without written permission.

多肉植物の切手帳

  • Adansonia digitata 2004
    多肉植物切手の一覧です。No reproduction or republication without written permission.
無料ブログはココログ