サボテンの華

  • Echinocereus viereckii ssp.morricalii
    サボテンの花や棘などの写真集です。 異空間の魅力を覗いてみました。 どうぞ。

サボテンと生き物

  • 蟻とタヨペンシスの花
    サボテンや多肉植物に集まってきた昆虫などの写真です。 小さなフレームですが、色々な生き物と遭遇しました。

コノ カルクルスの透明な薄皮

夏眠中のコノフィツム カルクルスConophytum calculus)は、表皮に皺が寄りだし、割れたり、褐色になったりしています。

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その割れた表皮は、二層ぐらいに剥がれていました。

新球は剥き出しではなく透明な薄い内皮に包まれています!

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三年前、カルクルスの旧皮内側から覗いた写真を撮り、褐色斑点を確認したことがありました(クチビル様は割れ目部分)。

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今回、楕円形の褐色斑点と内膜との位置関係がおぼろげながらわかりました。

なお、隣の一番大きい苗には、薄っすら線状の影。 内部が凹んでいる感触!

「コノフィツム全書、conocono/須藤 浩著、主婦の友社、2020年」によると、”・・・1~2年おきに分球して十数頭の群生株となる”とのこと・・・いよいよかな

以上

この六年前の実生苗、まだ花も咲きませんが、今秋は違った姿になるかもしれません。

<追記>、上記コノフィツム全書は自生地の様子や園芸品種のこと、栽培のことなど、第一人者が書かれたことだけあって、大変判りやすい内容でした。

☔ご訪問、どうもありがとうございました😃

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”橫濱植木株式會社”の古絵葉書

趣味のサボテンに関する古絵葉書を入手した。といっても、古いめかしい園内の様子で、サボテンは見当たりません。

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この横浜植木株式会社は大正6年1917(1917)、「仙人掌及び多肉植物名鑑」を発刊、著者は棚橋半蔵氏。

この辺りは「日本さぼてん史」、「サボテン今昔」にて平尾博氏が詳述しております。

絵葉書の発行年代は明治40年~大正7年ゆえ、この名鑑が発行された頃と重なります。

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百年前のサボテン界の雰囲気として、自序(橫濱植木株式會社)とINTRODUCTION(HANZO TANAHASHI)を掲載しました。

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ということで

これも縁、当時の貴重な記録と思ってます。サボテンの無い古絵はがきで、当時の様子を逞しく想像しています。

* 画像はクリックで拡大します。

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江戸時代の”鮎壺の滝” (2)

伊豆半島ジオサイト”鮎壺の滝”の呼称について、マニアックな地元ネタです。

現在、鮎壺(AYUTUBO)と呼ばれている滝の江戸時代の呼称について調べました。

①藍壺の瀧について:享保20年(1735年)白隠禅師は、滝壺の藍色から”藍壺”の偈頌(ゲジュ)を詠んでいる(「荊叢毒蘂」)。

②鮎壷の地名について:滝傍の石造物に、鮎壷邨の地名が刻まれている(享和二(1802)年)。

③鮎壺の滝について:「駿河志料(文久元(1861)年、新宮高平著、橋本博校訂、歴史図書社1969年)」、藍壺瀑布の項に鮎壺の由来が記述されていた。

そこには「藍壺瀑布:村の西、藍壺新田にあり、足柄古道黄瀬川の上流にして・・・此川筋下流は鮎多し、・・・此瀧壺より上に登り得ず、故に鮎壺と云うなるべし」。 藍壺地区とか、鮎が群集するので鮎壺とも呼ばれていたと記述されていました!

友釣り発祥の地ともいわれる狩野川の支流ゆえ、当然遡上し、群集する鮎の姿が印象的であったのだろう。

ということで、古くから滝壺の藍とか鮎からそう呼ばれていたことが確認できました。

それが、明治になると藍壺の滝とか富士見の滝と呼ばれだし、鮎壺の滝は大正のころから再び登場し、昭和30年代には定着したという変遷を確認しました(書籍、地図、絵はがきなど)。

なお、富士山は変わらず眺められますが、環境変化に伴って藍色や鮎も見られなくなってしまったのは残念です。

(参考までに)

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* リンク先は、関連する記事になります。

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赤紫小花一輪、姫春星

マミラリアの姫春星が開花し始めました。

例年通り先行して、赤紫の小さな花が一輪。

これから続々と咲き始めると、もう春の雰囲気です😃

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ところで、私も”ビザールプランツ 冬型珍奇植物最新情報”を購入しました。

今期仲間入りしたケープバルブやコノフィツムの事を知ること、その道のパイオニアたちの考え方や行動力、そして栽培ノウハウを知るためです。

ネットで得る情報にくらべて、ナルホドな~とより身近に感じる力がありました。

☀ ご訪問、どうもありがとうございました😃

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「テキーラの歴史」を読んでアガベを知る

猛暑ゆえ図書館で「テキーラの歴史、イアン・ウイリアムズ著 伊藤はるみ訳、原書房」を読んでいます・・・テキーラを飲んだことも無いし、アガベを栽培したことがありませんが。

アガベから作るテキーラ、メスカル、プルケなど一応名前は知っていたので、少し掘り下げようと思い立った次第。

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以下は、なるほどと思ったことの列記。

・アガベはスペイン人がマゲイ、メキシコ先住民がメスカルと呼んだ植物の学名。

(テキーラのこと)

・名前の由来:アステカ人のナワトル語で「切ることができる場所」という意味。黒曜石が採れた火山の名前→町名→飲物→原産地呼称となった。伊豆・神津島産黒曜石の縄文時代の流通について、最近知ったので・・・

・ハリスコ州テキーラ村の"アガベ テキーラ ウエベル バリエダ アスル"という純粋種から作る。そのため、ランナーから増やし8年かかる。

・アガベの受粉は、弁慶柱と同じレッサー ハナナガ コウモリ(Lesser long-nosed bats)が仲介。ただし、この自然受粉だと雑種ができるので、種子から増殖をすることはない。

・苦みの元となる葉を1センチほど切り詰めた球茎(ピニヤ)中には、澱粉ではなく、イヌリンを貯めこんでいるということ。

(メスカル)

・オアハカ周辺の一定地域で、各種アガベを原料とする蒸留酒のこと。

・地酒・・・ライシージャ(アガベ マキシミリアーナ)、バカノラ(アガベ パチフィコ)、ソトル(アガベ ソトル)等ある。

・ドイツの探検家・植物学者 アレクサンダー・フンボルは旅行記のメスカルの事、記述していた。

(プルケ)

・伸びたアガベの花茎に穴をあけて、出てくる樹液(アグアミゲル、蜜の水)を取って、自然発酵されたもの。 少し酸味があってアルコール度数5~8%。

・用いるアガベ(アトロヴィレンス、サルミアナ、マピサガなど)の総称をプルケロと呼ぶ。

など、

そして、

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この本のお陰で、maguey pulquero, Agave atrovierens、単語の繋がりが判りました。

☀ご訪問、ありがとうございました😃

*オアハカのマゲイについての前回記事は、こちら。

*フンボルトの前回記事(姫春星)は、こちら

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”鮎壺の滝”と魚の雑談

伊豆半島ジオサイト”鮎壺の滝”のマニアックな話題、それも滝壺にいる魚について。

 

 

 

この滝つぼに鮎が群集していたので、そう呼称された(大正三年 長泉村沿革誌より)というのは、狩野川水系・黄瀬川なので納得していますが・・・

 

 

 

 

 

現在いる魚は・・・といっても、? なので、魚に関する雑学です。

 

 

 

★゜・。。・゜゜・。。・゜☆゜・。。・゜゜・。。・゜

 

 

 

 

 

昭和29年4月26日、「七人の侍」(黒澤明監督)が封切られました。

 

 

 

戦いの前、侍たちが集落へ行く途中・・・・・・菊千代(三船敏郎)が滝壺に潜って、魚を捕まえるシーンがありますが、その撮影場所が”鮎壺の滝”

 

 

 

 

滝上では六人の侍と百姓達がにぎり飯を食べながら、様子を伺っています。

 

 

 

 

・・・で、手づかみした魚は? 

 

 

 

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「映画情報(国際情報社、1953年9月)」のコラム・スタジオ冗談風景「コイはつらいもんじゃワイ」では、鯉に何回も逃げられ、足りなくなって買いに行ったとの裏話。

 

 

 

う~ん、何回ビデオを見ても鯉ではないし、鮎でもなさそうだが・・・ 戦国時代の清流に住む魚・・・やはり鮎と思いたい。

 

 

 

★゜・。。・゜゜・。。・゜☆゜・。。・゜゜・。。・゜

 

 

 

Photo

 

 

 

 

 

 

 

 

上のパンフレット「ぬまづ」(昭和29年3月発行、沼津市)には、鮎壺の滝と釣り人が掲載されていました!

 

 

 

 

タモ網を肩にかけ、竿は右手方向に長くのびている・・・鮎釣り?が一番似合っている。

 

 

 

 

こんな風景良いな~

 

 

 

★゜・。。・゜゜・。。・゜☆゜・。。・゜゜・。。・゜

 

 

 

 

 

 

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それから30年後に発行(昭和58年、1983年)された絵はがき「入選写真集 沼津新八景」の一枚。

 

 

 

タイトルは”銀鱗跳ねるあいつぼの瀧”。

 

 

 

 

真っ白い富士山ゆえ鮎ではないが・・・跳ねる姿、見たかったな~、そうありたいな~

 

 

 

 

 

 

なお、三資料とも右側の滝口と滝壺になります。

 

 

 

 

以上

 

 ジオサイトの資料調査?いや雑談のネタ報告でした。

 

 

 

 

現在、つり橋からは大きな鯉がたむろしているのが見えますが、鵜やカワセミが捕まえる小魚を是非とも見たいものです。

 

 

 

* 鮎壺の滝の前回記事(大正天皇と富士見の瀧)は、こちら

 

 

 

 

 ご訪問どうもありがとうございます(^0^)

 

 

 

 

 

 

白隠禅師の"荊叢毒蘂"を飾る!

マニアックな地元ネタになります。今朝の富士山は下の方まで白くなっていました。
その富士山と並ぶ駿河の国が誇る臨済宗再興の祖・白隠禅師、晩年の著書”荊叢毒蘂、明和6年版”(ケイソウドクズイ)を入手しました。
何しろおよそ300年前、白隠禅師が(地元伊豆半島ジオパーク)”鮎壺の滝”を訪れた時に詠まれた漢詩が載っているのです。
やはり、公開情報のコピーより、虫食いの和本は本物の重みがありますね。
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その当時”藍壺”と呼ばれていた滝を、漢詩は予断をもって眺めたけれど、すぐ5感を研ぎ澄ませて、素直に力強さを表現しておりました。

ただ、賛ではなく偈頌(ゲジュ)ゆえ、悟りの境地などの宗教的内容を表現しているようですが・・・
ともあれ、 
”鮎壺の滝”は、ユネスコ世界ジオパークの1サイトなので文化・歴史面から理解を深めることに役立てればいいかなと。 来年は白隠禅師没後250年、それに少し間に合いました。
添付画像は本と漢詩と書き下し文を卓上用フレームにしたものです。
* 鮎壺の滝の前回記事は、こちら
ご訪問どうもありがとうございました。

病室で読んだメセン小冊子

突発性難聴となってしまい10日間ほどお休みしていました。 やっと回復し、本日退院できました。
 
その間は、ただ点滴を受けるだけ、暇過ぎ。 メセンの古書 "The new GROWING the MESEMBS, ed storms" を眺めてました。
 
58ページの小冊子には、栽培法や62種の簡潔な写真付き紹介。 パラパラ眺め、気分転換。
 
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帰宅後、久しぶりに見るとメセンは着実に大きくなり、花数も多くなっていました。
 
写真の実生コノフィツム カルクルスの様子もチェック。
 
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というのは、一ページのコノフィツム欄にカルクルスの記述、”自生地では十分な日照下で育っているが、 多くは日陰がある岩の割れ目などに生育”
 
なるほどな~ 棚のカルクルス、一鉢前に移動させてみた。
 
一方、残念だったのは表紙のフェネストラリア。 夏越しと植え替えに再び失敗、一株だけポツンと、トホホ状態(;д;) 
 
以上
明日からサボタニの世話に、再び専念です。
 
* リンク先は前回記事になります。
 
 
 
<追記> 病気について関心あれば・・・
 
1.突発性難聴は原因不明、急に発症しました。
  男子アナの音声や生活音が聴こえなくなり、低い耳鳴り。 声が反響したり、小鳥がさえ ずったり。そして、 ”半分青い”のように傘を 打つ雨音が聴こえず、急遽病院へ
 
2.発症後、すぐステロイド点滴をすれば回復も早い(遅いと回復の遅れ。自然治癒は無い)
  対応できる病院に、即直行すること(私の場合、2か所目で入院、少し遅れました)
 
3.順調だと4,5日目からグングンと回復するそうですが、私は1週間後から音が微かに聞こえだし、ひと眠りするごとに音声になってきました。
 回復初期はパルス音の歌謡曲や金属音だけの回転しない車輪、パタパタしないスリッパなど不快な音の連続でした。
 
4 顔面神経もマヒしており、発症している耳を触ってもザワザワ音がしない(寝返りしても無音)。 聴力が回復するとともに、これも回復しました。
 
・・・参考までに
 ご訪問どうもありがとうございました。

ナミビアのリトープスとコール夫妻のサイン!

今朝は台風のためガイドも無くなり、部屋に移動したリトープスを静かに眺めています。
 
今迄、ナミビアの日に合わせて同国のリトープスの紹介をしてきましたが、今回、コール氏(Desmond T. Cole)の古書「Lithops of SWA/Namibia,1987」を入手しました。
 
1809cole_2
 
内容は、大書「Lithops Flowering Stones, 2005」で総括されておりますが・・・なんと、コールご夫妻の直筆サイン入りでした! 
 
しかも、上記大書の宣伝パンフレットも挟んであった。 あれ? ・・・そうか初版は翌年だった。
 
★゜・。。・゜゜・。。・゜☆゜・。。・゜゜・。。・゜
 
ということで、私のリトープス。
4日前に蒔いた澄青玉(ちょうせいぎょく)のトランスルーセンスです。
 
ナミビアと南ア国境のオレンジ川沿いに自生しているようです。
 
名前の通りの色になればと・・・
 
1809herreicocolog
*Lithops herrei 'transluccens' C236 clear green windows
 
これだけでは、物足りないので実生4年の雲映玉
 
枝模様が明瞭になり、独特の雰囲気です。
 
1809wernericocolog
 
*リンク先は前回記事になります。
 
 ご訪問、どうもありがとうございました(^ ^♪

パキポディウム本の購入と近況

今朝は台風24号接近に伴う雨が降り続いており、恵比寿笑い等のパキポを避難させましたので、この話題。
 
今週、サボテン・多肉植物本の販売店・英国K社から、注文していたリトープスを含むメセン古書と「Pachypodiums in Madagascar, Walter Roosli, 2018」が届きました。
 
1809pachypodiumsccocolog
* 表紙写真はPachypodium inopinatum
 
すでにマダガスカルのパキポに関する旅行記は手元にありますが、今回の本は23種別に分布と現地の様子を紹介していたので購入。
 
持ち運びの良いB5版、172ページ。 気軽に眺められるところが有難いです。
 
なお不評の白黒写真版もあるようですが、この本は全てカラー写真。
 
気になる価格は£18。 今年購入した白花恵比寿笑い小苗より安かった!
 
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写真上は、ここ1,2年に購入した恵比寿笑いの黄花(右)と白花(予定)苗。
 
順調に太ってきました♪
 
ということで
このごろ茶褐色になって落葉しだし、淋しくなった恵比寿笑いですが、マダガスカルの自生風景を見て楽しんでいます。
 
*2年前に購入した当時の恵比寿笑いの姿は、こちら
*実生も含めた白花恵比寿笑いの前回記事は、こちら
 
 
 ご訪問、どうもありがとうございました(^ ^♪
 

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